一筆恋々

【十二月六日 手鞠より静寂への手紙】


今日、わたしが学校に行っている間に、久里原様がいらっしゃったそうです。
わたしは夕餉のあと父に呼ばれて、「淡雪君のところに嫁ぐように」と言われました。

このまま静寂さんのところへ嫁ぎたいと伝えましたが、元よりわたしの意志など関係のないお話です。
久里原様はお店を淡雪さんに継がせたいとのことで、そうなれば静寂さんのところにわたしがゆく理由がない、と言うのです。

姉のことがありましたので、父は久里原様のご意向に添う心積もりのようです。

感情的になってしまったわたしを怒ることなく、「悪いな」と謝られました。
父に謝られると、それ以上わたしが何か言うことなどできません。

でもわたしは嫌なのです。
淡雪さんも久里原呉服店も何も関係なく、ただ静寂さんのところにゆきたいのです。
いまさら気持ちをねじ曲げることなんてできません。

どうか久里原様のお心を変えていただけるように、お願いしてみてはもらえませんか?


大正九年十二月六日
春日井 手鞠
久里原 静寂様


< 59 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop