私が恋を知る頃に
そう思ってナースステーションに向かう途中、まだ誰も起きていないはずの病室から鼻をすするような音がした。

……小さい子が、目覚めちゃって泣いているのかな?

様子を見るために一度音の聞こえた方へ行くと、音がするのは穂海のいる部屋からだった。

前のこともあったから、一気に不安になってきて緊張しながらドアを開ける。

「穂海……?」

やはり泣いていたのは穂海だったようで、布団が少し揺れている。

「穂海」

気付いていないのか、もう一度呼びかけると穂海はバッと驚いたように振り向いた。

「……碧琉くん…………」

いつから泣いていたのか赤い目をした穂海は、俺の顔を見るとさらに目に涙を浮かべ、それから突然布団に顔を埋めた。

「……どうした?」

そう聞くも、穂海はウウンと首を横に振る。

首を横に振られても、こんなに泣いている穂海を放ってはおけない。

「どうした、どうした。何あった?」

できる限り優しい口調で問いかけながら穂海の背中を撫でる。

「…………なんでもない」

どう見ても"なんでもない"ことなんてないはずなのに、穂海は否定する。

「……言いたくない?…俺には、話しづらい?」

そう聞くと、図星だったのピクリと穂海が反応する。

「どうして、話しづらいかな。…俺、なにかしちゃった?……それとも、話したら俺が怒るようなことした?」

これも図星だったようで、穂海の動きが止まる。

「……どうした?……俺、穂海が心配だから知りたいな…。頭ごなしに怒ったりしないからさ、教えてくれない?」

そう言うと、穂海は俺の様子を伺うように泣き腫らしためで俺を見つめた。

「……ほんとに、怒らない?」

「うん。怒らない。」

俺がそう言うと、穂海は話し出しにくそうに口を開いた。
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