『またね。』
優しそうな鈴の母親。
「お邪魔します。」
「いいのよ。上がってちょうだい。」
ニコニコ人当たりの良さそうな母親だ。
「ここよ。」
鈴の母親が扉を開ける。
僕はずっとアパート育ちだからよく分からないけど、多分リビングだろう。
「どうぞ、座ってください。」
「はい。失礼します。」
鈴の父親だろう。
雑誌を読んでいた父親は僕を見て微笑む。
「どうも。いつもお世話になっております。
鈴の父です。」
「こちらこそ、鈴さんにお世話になってます。
卯月輝と申します。」
座る前に頭を下げる。
「どうぞ、卯月くん、紅茶でいいかな?」
鈴の母親が淹れてくれた紅茶。
「ゆっくりなさってて。
鈴、おいで。」
「え?うん。」
母親に呼ばれた鈴は不思議そうな顔をしながら母親について行く。
鈴がいなくなったのを見てから鈴の父親は話し始めた。
「済まない。卯月くん。」
「え?」
「病院の先生から聞いたんだ。」
…ドナーのことか?
「キミが、鈴の心臓のドナーだと…」
「ええ。」
「キミの人生を奪ってしまう…本当に済まない。」
「いいですよ。
どうせ誰も悲しんでくれる人なんていないので。」
こういうのは、慣れてる。
最期くらい、人の役に立って死にたいんだ。
「…キミと仲良くなってから、鈴はずっと明るい。」
「…」
「鈴のためを思ってくれるなら、ドナーのことは…」
「彼女を強く想っているからこそ、僕はドナーになるんです。」
苦しむ姿を見たくない。
彼女にはずっと明るい笑顔でいて欲しいんだ。
「…ただ、僕がドナーであることは彼女には言わないでください。」
「…何故?」
「これ以上、僕が生きている時に鈴が悲しむ姿を見たくないんです。」
僕のせいで悲しむ姿を見たくない。
だから、鈴には最後までドナーになることは言わない。
「…最期くらい、僕にも輝かせてください。」
僕の望みはもう何も無い。
鈴が幸せになること、これが僕の望みだ。
僕の名前。
輝く。
生きている時は輝けないから、死ぬ時くらい、綺麗に輝きたいんだよ。
「…キミの想いは変わらないのか?」
「もちろん。
鈴には幸せになって欲しいので。
僕のことなんか忘れて欲しいです。」
忘れて欲しいけど、鈴は優しいから、忘れるなんてできないと思う。
「…ありがとう卯月くん。」
「いいです。」
…これが、僕の気持ちだから。
好きだから。
治った体で好きなことを精一杯して欲しいんだ。
自分の好きなことに精一杯取り組んで欲しいから。
できれば僕が幸せにしたかったんだけどな…
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