クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
「その事だが・・・」

見つめ合う二人の横に立ったのは、le sucreのオーナーである佐藤健一だった。

「オーナー」

愛菓は怪訝な顔で、健一を見つめた。

「一度、しっかり話を聞いたらどうだ。愛菓ちゃんにとっても悪い話じゃない。幸い、うちは優吾と美佳ちゃんが戻ってきて、ショコラだけでもなんとかやっていけるようになった。そろそろ愛菓ちゃんも自分の店を持って、世界に羽ばたくのもいいと思う」

健一の言葉に、愛菓は唇をギュッと噛み締めて遠くを見つめた。

高校一年生の15歳から26歳の現在まで、愛菓はこの゛le sucre゛と共に生きてきたといっても過言ではない。

しかし、健一の言うことも分かる。

優吾の妻、美佳もパティシエで、他人の愛菓がいて面白いわけがないだろうと思っていた。

美佳は小柄で守ってあげたくなるような、可愛らしい女性。

性格も丸く、愛菓に何か嫌みを言うことはなかった。

しかし、天才パティシエールの愛菓に引け目を感じているのは知っていた。

『優くんの奥さんは、愛菓ちゃんのようなパティシエールが相応しかったのかも』

『私のお菓子じゃ、愛菓ちゃんの足元にも及ばない』

イタリアから帰国後、そう言って優吾の胸で泣きながら呟いていた美佳の姿を何度か見かけていたからだ。
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