クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する

向き合えない現実

「よう、愛菓。圧勝だったな」

パーティー開始30分前。

愛菓がクロカンブッシュとマカロンタワーを会場脇の控え室に搬入していると、ショコラ部門の優勝者、佐藤優吾が声をかけてきた。

「優吾さんのショコラも圧勝だったよね。こうしてみても、本当に美しい」

優吾が搬入したショコラは、フォンダンショコラと生チョコのコラボレーション。

絶妙にそれらが配置されたお皿は、一種の芸術だ。

「愛菓のそのショコラも大したもんだぞ。お前がショコラに出場してたら俺も負けたかも」

「そんなはずない。私はまだまだ修行が足りない」

「謙遜すんなって」

優吾が優しく愛菓の頭を撫でると、白人がバシンと優吾の手を弾く。

「おお、怖い。愛菓のナイトは相変わらずだな」

「妻帯者が愛菓に手を出すなよ」

「愛菓に相手にもされねえ奴が何言ってんだよ」

昔から優吾と白人はこの調子だ。

ムキになる白人をからかう優吾。

この図式が定番で当たり前。

愛菓はクスクスと自然な笑みを浮かべて笑った。

同じように、大会で入賞した作品を搬入していた出場者達がその美しい笑顔に見とれている。

「愛菓さん」

そこに一瞬でその場を凍りつかせる、和生の冷たい呼び声が響き渡った。

「樫原専務。お疲れ様です」

向かい合った愛菓と和生の周りからは、蜘蛛の子を散らすように人々が消えていった。

優吾と白人もまた、和生にお辞儀をすると、その場を離れて会場に向かって行った。

「愛菓さん、同じものを3つも作って下さったのですね」

搬入されたクロカンブッシュとマカロンタワーを見て、和生は笑みを浮かべた。

「はい。是非とも樫原専務も大切な人と・・・このスイーツを食べていただけると幸いです」

「ええ、そうさせてもらいます」

愛菓を見つめる和生の視線は鋭く、愛菓から目線を外そうとはしない。

「よろしくお願いします」

「愛菓さ・・・」

「・・・樫原専務!」

愛菓に何かを告げようとした和生を、ホテルのスタッフが呼び止めた。

「フランス関係者のご一行様が到着致しました」

フランス関係者・・・。

愛菓の頭の中に、アリスが浮かんだ。

゛ああ、やはり、今日が婚約発表の場なんだ゛

ようやく現実として受け入れられる気がした。

スイーツ大会入賞者の挨拶と労いは、パーティーの最初に行われる予定だ。

挨拶をして、しばらく作品の前で来賓をもてなせば愛菓の役割は終わるだろう。

婚約発表は、パーティー終了前に行われるはず。

゛片付けは白人と阿佐美に任せて、その前に帰ろう゛

「ああ、わかった。すぐ行く。愛菓さん、また後で」

そう言って、ホテルスタッフの呼びかけに答え立ち去る和生を見送りながら、愛菓は今後の段取りを考えていた。


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