クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
「よう、愛菓!お疲れ。テレビ見てたぞ。お前の優勝には、俺だけでなくここの従業員の投票数も入ってるからな。感謝しろ」

店にはいると、相変わらす男臭い店内から男臭い父上のドスの効いた声に迎えられてホッとした。

「激辛担々麺・・・」

「おう、激辛担々麺一丁!」

カウンターテーブルにうつ伏せになる愛菓が元気がないことに、父親である正近も気づいてはいたが、まずは腹を満たしてやることが先決だと思い何も聞かずに注文を優先した。

「ほらよ。食え」

差し出されたどんぶりには、真っ赤な激辛担々麺。

考えてみたら朝から何も食べていない。

以前、世界スイーツフェスティバルで不摂生な和生を初対面で叱ったことがあったが、これでは自分も同じではないかと愛菓は苦笑した。

「とにかく食えよ。腹が減ってるからいろんなことを考えてしまうんだろ」

全てを見透かしたようなぶっきらぼうな父親の優しさに、愛菓は心が温かくなった。

ズルズルと担々麺をすする音が店内に響く。

食べなれた麺の味は、愛菓を優しく包んでくれる気がして落ち着く。

「世界大会に優勝して賞金もらって、何でお前は泣いてるんだ?嬉し泣きではないんだろ?」

愛菓はそう言われて、自分が泣いていることに気がついた。

「何で私・・・」

ポロポロと零れ落ちる涙を愛菓は止めることはできない。

自慢ではないが、愛菓は愛犬のハナが死んだとき以外は泣いたことがない。

愛菓は、正近に差し出されたおしぼりで親父のように顔を拭くとしばらくそのままおしぼりに顔を埋めていた。
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