偽婚
笑顔が、とても優しかった。

このお母様にだけは、絶対に、結婚が偽装だとは知られないようにしなければと、私は強く心に誓う。



「柾斗。あなたはいい女性を選んだわね。杏奈さんは、強くて、綺麗で、とても素敵な方じゃないの」

「はい。今の僕には、彼女と過ごす毎日が、すごく愛しく思えます」


嘘も方便とはいえ、言われている私の方が恥ずかしくなった。

だけど、一方で、嘘でもそう言ってもらえることが嬉しかった。



「ほら、あなたも何か言ってあげなさいよ。こんな綺麗な子が息子の嫁になったなんて、自慢でしょう?」


お母様は、笑顔のままに、お父様の肩を揺すった。

お父様は何度目かのため息を吐きながら、



「わかったよ。柾斗ももうすぐ30だ。親がいつまでも子供の人生を決めていいわけでもないしな。これからはふたりでしっかり頑張りなさい」


と、しぶしぶながらも認めてくれた。



「ありがとう、父さん」

「ありがとうございます」


ふたりで頭を下げる。

何もかもが嘘なのに、なのに私は泣きそうになってしまった。


こんなにいいご両親に育てられた神藤さんを、少し羨ましいとも思いながら。

< 40 / 219 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop