偽婚


神藤さんが帰宅する予定の夕方に、電話がかかってきた。



「今から帰る」

「あ、うん。お疲れ様。食べたいものあるならリクエストしてくれたら」

「そのことなんだけどな」


神藤さんは、少し言いにくそうな声を出す。

せっかく、人が平静で話しているのに何なのかと身構えると、



「実は、父から食事に誘われているんだ」


と、神藤さんは言う。

そんなことかと、拍子抜けする私。



「いってらっしゃい」

「じゃなくて、俺とお前と、父と母の4人で食事しようと誘われてるんだよ」

「えっ」

「本当は前から何度かそんな話になってたんだけど、ボロが出ても困るから、俺の仕事の忙しさを理由に断ってたんだ。でも今日は出張先から直帰だって知られてて、断れなかった」

「なるほど」

「だから悪いけど、今晩はその予定で頼む」


神藤さんの妻という役目。

またあのご両親と接するのは疲れるが、でもふたりきりでいるよりマシだと思うことにした。


ひとりで寂しかったのに、なのにいざ神藤さんが帰ってくるとどうしていいのかわからないというのも、何だか変な感じだけれど。

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