偽婚
夜、駅で待ち合わせ。
新幹線が到着する時刻を少し過ぎた頃、神藤さんが改札から現れた。
「お、おかえり」
たかが3日会ってなかっただけでどもってしまった自分が恥ずかしい。
神藤さんはぶはっと吹き出し、「ただいま」と言った。
今日は機嫌がいいことに、私はほっと安堵する。
「あれ? スーツケースは?」
「駅のロッカーに置いてきた。あんなもん持って歩くのは疲れるからな。食事が終わったら取りに戻ればいい」
「しっかし、食事するだけでホテルの最上階を予約するなんて」
「俺は、タバコが吸えない店は嫌だと言ったんだが、母が譲らなくてな。シェフが新しくなったからどうとかで」
「私、テーブルマナーとか曖昧なんだけど」
「適当でいい。気にするな」
気にするなと言われても。
だけど、思ったより普通に話せていてよかった。
「そんなことより、父と母の前では頼むから余計なことを言うなよ」
「わかってるってば」
「そうか。じゃあ、行くぞ」
いつもみたいに腰を引かれたが、体がこわばっている自分がいる。
それでも、神藤さんの妻として、どうにか演じなければならない。