龍神愛詞
13・転生の行方
龍王の逆鱗に触れた筈の白龍。
本来ならその命はないものと思われた。
しかし龍族の中で唯一の女性というだけで、命までは奪われる事はなかった。

そして衝撃的な出来事。
龍族にとっては、喜ばしい出来事が起こった。
白龍のお腹の中に生命が宿っている事の事実と奇跡。
龍と龍の純粋なる命が白龍のお腹にいる。
その事が白龍の横暴さ我儘ぶりに拍車をかけた。
周りの者たちはみんな白龍を腫れ物を扱うように大切にした。
「これで、私と龍王様の仲は不動のものになったのね。」
嬉しそうに慢心の笑みを浮かべる白龍。
奇跡といっていい程の事実。
龍と龍の間に宿った純粋なる龍の子。
龍族全ての希望。
望まれた命。

翡翠が亡くなった事を知った白龍は、狂ったように笑い始めた。
邪魔者はいなくなった。
これで自分だけの龍王になる。
だってこのお腹には赤ちゃんがいるのだから。
自分勝手な思い。
歪んだ心。
自分だけが自分こそが龍王に相応しい。
誰もこの場所は譲らない。
この場所は私だけのもの。
龍王は私の物。

日に日に大きくなっていくお腹。
望まれて産まれくる命。
それなのに、翡翠の命は親さえも疎まれていた。
命はみんな同じに産まれてくる筈なのに
なんの違いがあるというのだろう。
物のように扱われた翡翠の命。
白龍の中の命と翡翠の命とどこが違うと言うのか?

翡翠が生前使っていた部屋。
その部屋に鍵をかけ、誰も入る事を許さなかった。
あれから何1つ変える事なく、大切に保存していた。
数少ない、翡翠の匂いが残る場所。
思い出のその場所を、その空間を大事に大事にしていた。
「ひすい・・・。」
私はその部屋に入り、翡翠が眠っていたベッドに座る。
そして見えなくなった目に触れて少しでも、翡翠の存在を捜し求める。
今はいない、今は触れる事のできないもどかしさ。
翡翠を想い出す時だけは、私がここに生きている事を実感できた。
死んだように、ただ息をしているだけの日々。
早く会いたい。
おまえに触れたい。
おまえの声が聞きたい。
おまえに口付けたい。
そうしないと私は気が狂いそうだ
お前が側にいない私はこんなにも弱い存在なのだな。
触れた目が少し濡れていた。
それをぬぐい、また目に触れる。

翡翠の亡骸は、龍王が自ら創り出した炎で燃やし尽くした。
誰にもほんの一欠片でも、他のものには触れさせない。
それは龍王の凄まじいまでの愛欲。
翡翠の居なくなった宮殿。
龍王は毎日、意志のない抜け殻の身体で公務をこなしていた。
今は翡翠が帰ってきた時の居場所を守る為に。
力だけは周りに見せつけていた。

周りの貴族たちが望む私と白龍の子供。
喜びに包まれる龍族。
私は疎ましそうにそれを見た。
私の欲しいのは、翡翠だけだ。
我が子とて、何の感情も感じない。
産まれたとしても、自分の側に置く事もない。
まして白龍の事など考えるまでもない。

龍は産まれ落ちた時から個々で生きる。
その中に親・兄弟など血縁に対する情は薄い。
認識の対象は性別。
自分自身の感と本能。
そして興味を惹く存在のみ。

あの事件から、もうすぐ一年。
私はあれから一度として白龍に会いに行く事もない。
そして会う事もしなかった。
興味のないものには、冷酷で冷淡な龍の性格。
龍王にとって白龍の存在は、すでにないものとされていた。
その間白龍の我儘さは酷さを増していった。
そして取り巻きたちさえも、疎んじられる様になっていた。

孤立していく白龍。
ちやほやされる事が少なくなったのが気にくわない。
その不機嫌な顔がいつもの表情に定着されていく。
今ではかつての綺麗な人々を魅了していた面影はない。
傲慢で上から人を見る視線と態度。
白龍の表情は、その性格そのものが映し出されていた。
醜い欲を孕んだ目。
出産をまじかな白龍。
イライラ感が積もる日々。
身体が重くて自由の効かない日常。
思い通りにならない召使いと取り巻きたち。
それに何よりも龍王の態度。
完全に拒絶を続ける態度への怒りが爆発した。

白龍は龍王が大切にしている部屋の前まで来ていた。
手に大きな鈍器。
それを思いきり、何度も振り上げる。
女の白龍にこれ程の力が、あるとは思えない驚愕の行動。
白龍はその大きな鈍器で、翡翠の部屋のドアをぶち破った。
と、すぐに中に入り込んだ。
騒ぎを聞きつけて駆けつけた警備兵。
白龍を止めようと中に入っていく。
そこには狂乱した白龍が部屋の物を次々と破壊していく姿だった
その余りにも異様な雰囲気にたじろぐ。
龍王が着いた頃には、ほとんどの物がズタズタに壊された後だった。

それを見た龍王は、表情一つ変えず自分の剣に手をかける。
そして無表情のまま背中から切り裂いた。
「ぎぁー!!!」
龍王の怒りは逆鱗を通り越して、驚くほど冷静で冷酷だった。
自分に何が起きたのさえ分からない白龍。
切られた痛みに顔を歪ませながら振り向く。
そして龍王に手を出して助けを求める。
自分を切った者が龍王である事も知らずに。
しかしそれに応じる事もなく、冷たい視線を向ける。
力なく体勢を崩す白龍。
「捨て置け!!」
警備兵たちが近づこうとするのを静止する。
大量の血だまりが大きくなっていく。
こうなればもう命も尽きているだろう。
それでも終わらない怒りの暴走。
倒れてピクリと動かなくない。
今度は非道にも前から切り裂こうとした。
何の躊躇もなく感情もなく、ただ切り裂くだけの行為。
しかし剣を振り上げた腕がなぜだか止まる。

ドクン、ドクン。ドクン。

心臓が飛び跳ねる感覚。
全身が逆立つ。
全身が反応する。
そして、私の感覚の失った筈の目に熱い何かを感じた。
翡翠を失って以来のこの感触。
その時白龍のお腹から微かに翡翠の気配がした。
絶命した白龍大きなお腹から、声が聞こえたような気がした。
・・・ひすい??・・・
一段と強くなる翡翠の気配。
確かにこれは翡翠だ。
間違う筈がない。

・・・私を見つけて。
・・・私はここよ、煌!!

目の前には絶命して、血みどろの中に倒れている白龍の亡骸。
気配はその白龍から感じた。
大きく膨らんだままのお腹。
ここには龍と龍の純粋なる命が、産まれくる筈だった命があった。

・・・私を助けて。
・・・ここから取り出して、煌!!

翡翠の声だ。
お腹の中にいるのか?
私の本当の名前を知っているのは翡翠だけだ。
このお腹にいるのが本当に翡翠なのか?

・・・そうよ、私はここよ!!!

私は躊躇する事なく、血に染まった白龍のお腹に手を当てた。
途端にあの会いたくてたまらなかった、翡翠の温かさが手に伝わってきた。
・・・ひすい!!
龍王は一気に白龍の腹の皮膚を乱暴に破る。
大量に流れ出る血液。
それでもさらに、奥へと手を入れまさぐる。
どんどん翡翠の気配が強くなってきた。
温もりが柔らかな感覚が感じる。
この温もりは確かに、翡翠のものだ。
捕まえた、これだ、この温もり。
私は勢いよくそれを掴むと外へと引っ張りだした。


掴んで出したものは、それは小さな命。
あまりのも小さすぎる、女の龍の赤ちゃんだった。
そして額には、十字に似たあの紋章がしっかりと浮かび上がっていた。
まさにこれは魂の刻印。
まさしくこの小さな赤ちゃんが翡翠の生まれ変わりだった。

龍王がその命を大事そうに両手に包みこみ、頬ずりをした。
翡翠と再び会えた喜び。
生きる意味をまた見つける事の出来た喜び。
止まっていた私の時間が動き出した。
幸せへと続く時間。
もう誰も邪魔する者はいない。

その姿を見守る2つの影。
蒼龍と紅龍だった。
龍王の暖かな気持ちが離れたこの場所からでも伝わってくる。
「よかった。」
「無事に見つけたんだな。」
ニ人とも本当に嬉しそうに笑った。
「これからのスーの成長が楽しみだね。」
「ああ、龍王だけにいい思いはさせないさ。」
スーの未来に自分たちも一緒に時間を重ねていく覚悟のニ人。
全く諦めるつもりはないようだ。

「まあ、今だけは見守るよ。」
「そうだな。」

じっと翡翠に目を離す事なく、話し続ける2人。
同じく回り始めた、時間の流れ。
龍族となった翡翠にも、ゆっくりとした刻を刻んでいく。

龍王の無意味な時間が価値ある大事な時間へと変わる。
龍として転生した翡翠。
これで同じ刻を生きる事が出来る。
孤独だった時間が暖かな優しい時間へと変わる。
翡翠の存在がそうさせてくれる。
かけがえない存在。
変わらない想い。
刻をも超えた強い想い。


大事に慈しむように抱きしめる小さな龍の赤ちゃん。
その上に水滴が落ちる。
涙?
涙は嬉しいときにも流れるものなのだな。
また新たな感情を知る。
翡翠からもらう色々な心豊かな感情。
心地よさが身体全てに満たされていく。



これから先もたくさんの感情を翡翠と共に。
変わらない想いと共に。
命尽きるまで。





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