私の中におっさん(魔王)がいる。

 * * *


 月に照らされて、待つこと数分が経過した。
 失敗したのではないかという消沈と苛立ちが漂い始める。

 何か言いたげな瞳を風間に向けた毛利は、組んでいた腕を解いて風間に歩み寄った。風間はちらりとそれを見た。警戒の色が僅かに滲む。そこに、静かに風が吹き抜けてきた。
 何かおかしいような気がして、五人はそれぞれ周囲を見回す。

 風に混じって、何か異様な空気が運ばれているような、そんな気がしてならない。
 遥か上空から、何かが降ってくる――そんな気がした。

 彼らは導かれるように上空を見上げた。
 すると月の中に黒い点が見え初めた。それは序所に大きくなる。――人だ。
 
 人が降ってきているのだと気づいた。そして、はたと閃いた。
――あれは器か、と。

 落下してくる人物はくるりと身を翻した。
 その途端、上空からの凄烈な突風が頭上で弾けた。

(結界か……!)

 毛利は勢いよく振り返る。視線の先にはやわらかに笑まれた口元とは正反対の、強い瞳の風間がいた。確信犯的な表情に、毛利の風間への疑念がさらに強まる。

 屋敷周辺に張られた結界に、次々に突風が襲いかかる。結界は揺れ、歪み、地響きにも似た轟音が響いた。
 凄烈な風が結界を叩きつけ、ついには結界を穿いた。

 結界は音もなく瓦解し、猛烈な突風が下にいる者を襲った。
 木々は薙ぎ倒され、草も根から飛び散る。
 折れた幹が屋敷へと叩きつけられたが、屋敷そのものにも結界が施されていたのか、跳ね返され、屋敷にはいっさい傷はつかなかった。

 しかし庭にいる彼らはそうはいかない。
 身を屈め、飛ばされないようにするしか成す術がない。だが、いまだに続く突風に、一番身体の軽い黒田はとうとう身が浮きかけた。
 身体がふわりと風に持っていかれたところで、突如、黒田の体は重力を取り戻した。

「うわ!」

 急に重くなった体の感覚によろけ、転びそうになった。
 黒田は一瞬なにが起きたのかわからなかった。

 あんなに激しかった風がなくなり、辺りは静寂に包まれている。
 なにが起きたのか把握したのは、堪えた体勢を整え、顔を上げた時だった。

 自分達の周りに、薄い膜ができている。
 その膜の外は相変わらず風が猛威を振るっていた。

 結界の中にいるんだ。
 黒田はそう悟り、ふと見ると、真剣な顔をした雪村が印を結んで気を張っていた。

(こんな、坊ちゃんに助けられた……)

 黒田の中に悔しさがこみ上げる。
 他の者も異変に気がつき、雪村に視線を向けた。
 すると途端に風が和らいだ。
 いつの間にか、頭上に影が降り立ったていた。

 ゆっくり、ゆっくりと、風に体を預けながら、ふわふわと少女が降りてきた。少女の瞳は、虚ろに闇を写していた。
 
 息を呑む声が聴こえる。
 それが自分だけのものではないと黒田はすぐに気がついた。
 その場にいる全員が、言葉を失っていた。

 恐れか、敬意か、魅了か、それはわからない。
 だが、その場にいる全員が圧倒されたのだけはわかった。

 少女は虚ろな瞳をしたまま、地面へと降り立つと、膝を折り、倒れこんだ。
 一同がはっとして駆け寄ると、少女はすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
 あれほど圧倒的な力を使いながら、彼らを圧倒しておきながら寝ている……。寝ている姿を見る限り、さっきの少女と同じ人物だとは思えなかった。
 そして思わず、毛利が切るように吐き捨てた。

「なんだこの小娘は」


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