私の中におっさん(魔王)がいる。
 自転車を漕いでいたのは、ショートカットの少女。大島かなこだ。私の、親友。っていうか、悪友?
 二人でくだらないことばかりしてる。というよりは、かなこが悪ふざけをして、私が止めて。それを漫才みたいだって、他の友達が周りで爆笑してる。そういう間柄だ。
 
「自分だって、遅刻ギリギリのくせにー!」

 私が声高に言い返すと、かなこは高らかに笑いながら自転車を猛ダッシュで漕いだ。
「ハーッハッハハ! 一足早く、学校で待ってるぞ! さらばだゆりよ!」
「いつの時代の人なの!」
 
 私が突っ込むと、かなこはまた高笑いしながら豆粒みたいに小さくなっていった。

「まったく、もう!」

 私は誰にするでもなく怒って見せて、そのあとすぐにふと笑みがこぼれた。かなこって、本当に面白い。こっちまで元気になっちゃうんだよなぁ。

「おはよう。谷中さん」

 可憐な声がして、春の季節にぴったりの桜色の自転車が通り過ぎる。振り返って微笑んだ彼女の薄紅色の頬を、長くてやわらかそうな茶色の髪がなでる。
 沢辺さんだ。

「がんばって」

 小さくガッツポーズをして、沢辺さんは手を振った。私は反射的に手を振り替えしたけど、小さくなってしまった。
 前を向き直り、走り去る沢辺さんを見送る。

「相変わらず、すっごい可愛いなぁ」

 沢辺さんはクラスどころか、学校の人気者。美人なのに気取ってなくて、気さくで、優しくて、男子はもちろん女子にも好かれてる。
 幸いなことに(?)同じクラスだし、女の子同士で遊びに行ったこともあるけど、どうしても憧れが先行しちゃって友達って感じにはなれない。世界が違うって思っちゃう。だって、女優さんみたいにキラキラしてるんだもん。

「私は必死こいて走ってて、あっちは自転車ですいすいだし?」

 誰に言うでもない自嘲ジョークで苦笑いして、私はまたスピードを上げた。そのとき、

「~~~~~」
「え?」

 耳元で、誰かが何かを言った気がした。びっくりして振り返るけど、そこには誰の姿もない。
 家が規則正しく建ち並び、真っ直ぐに伸びた道路があるだけ。
 車は通る気配すらない。まさしく閑静な住宅街ってやつ。
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