私の中におっさん(魔王)がいる。
「あれ?」

 妙な違和感が芽生えた。
 おじさん、さっきから瞬きを一度もしない。それに、息を吸ったり吐いたりしてる様子が微塵もない。

「え……もしかして、死んでる?」

 そんなわけない! 否定しながらも、不安が胸を過ぎる。そういえば、血色も物凄く悪い。まるで、血が一滴も血管を巡ってない見たい。

「いやいや、そんな! 気のせい気のせい!」
(でも、普通、これだけ目の前で騒いでたら何か反応するよね?)

 私は唾を飲み込んで、改めておじさんをちゃんと見る。そして、意を決して話しかけた。

「こんにちは!」

 お願い! 反応して!
 だけど、おじさんは微動だにしなかった。虚ろな目は、何も映してないみたい。

「どうしよう……やっぱ死んでる。――そうだ! 救急車! 警察!」

 慌ててガサゴソと鞄を探る。その時だった。ゆらりと、おじさんの体が動いた。

「へ?」

 顔を上げると同時におじさんが私に向って倒れこんでくる。髭が目の前に迫る。

「わわわっ! ちょっと!」

 いやぁ! ――ぶつかる! 

「死体のおっさんとぶつかるなんてヤダァ!」

 思わず叫んで、強く目を瞑った。でも、いつまで経っても体に衝撃が来ない。

「……あれ?」

 目を開けると、白い空間が現れた。おじさんが、いない。

「え? なに、どういうこと?」

 白い空間には誰もいない。目が眩む白だけが広がる。そこに、私ひとりだけ……。急に、不安がどっと押し寄せてきた。
 こんなとこで、私、たった一人で、どうしたら良いの?

「誰か、誰か、いませんか!」

 叫び声は白い空間に吸い込まれ、反響すらしない。反響しないってことは、跳ね返るものがないってことで……。
 ぞっと背筋が凍る。
 ここ、どこまで続いてるの? 本当に、果てがないの?
 泣き出しそうになって、私は叫んだ。

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