私の中におっさん(魔王)がいる。

「ちょっと待ってよ。なんでそうなるんだよ!」
「彼女を絶望の底へ突き落とす必要があるからです」

 風間は穏やかに笑んだ。

「たしかに、黒田様の言うように殺してしまえば手っ取り早いのかも知れません。しかし、元々死体に魔王を宿すのではなく、生きている肉体に宿ってしまっているので、もしかしたらそのまま殺してしまっては魔王は操れないかも知れないのです。今際の際に本人が無意識に魔王を体内に封印してしまう可能性だって無きにしも非ずではありませんか」
「たしかにその可能性はなくはないかも知れないけどさ」

 黒田は渋々頷く。
 何せ前例がない。何が起こるかはわからないのだ。

「彼女の心が絶望に飲み込まれ、何も考えられなくなったとき、付け入る隙がきっとやってきます。心が空になった状態で、雪村様がお書きになった相手を操る呪符を体内へ入れれば、彼女は我々の言うがままの操り人形と化すでしょう。殺す前に試してみても良いではないですか」

 風間はにっこりと微笑む。
 言っていることと表情が合わない、と、黒田は不信感をあらわにしたが、試してみるのも悪くはないと思った。

 その奥で、名が出た雪村は渋面をつくる。
 そんなことに協力したくないと本心では思ったが、口には出さなかった。呪符はもう描かれ、風間が所持していたからだ。それに、風間のすることはいつも正しいと信頼を抱いていた。言い換えるなら、それは強い依頼心だともいえる。そして僅かな劣等感だ。

「だけど、それでなんで恋愛になるんだよ」

 そこは納得がいかないのか、黒田は風間を軽く睨みつける。

「黒田様、人を深く愛した経験はございますか?」
「は?」

 黒田はイラついた調子の声を上げる。

「人を深く愛する。その人を、心底信頼する。その人に、ある日突然手酷く裏切られれば、傷つかない人間などいないでしょう。ましてや、彼女は異世界から来た身です。たったひとりで、見知らぬ土地どころか、見た事もない世界で、優しく接してくれた人間以外になにをたよりましょう」
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