私の中におっさん(魔王)がいる。
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明かりのない部屋に、月光が差し込めている。
その光を受けながら、毛利は酒を一口含んだ。
少し離れた位置にいた柳は、静かに刃物を磨いている。毛利の物ではない。クナイのような刃物だった。
おそらく、柳の私物であろう。
「どうやら風呂の件、黒田くんの仕掛けみたいですよ。風間さんの策を逆手に取られたごようすで、今や覗き魔に加え、下着泥棒だそうで。おねえさんが彼を避ける理由はそんなとこみたいですね」
柳は快活に情報を告げたが、どこか愉しそうでもあった。
そんな従者をチラリと流し見るものの、毛利は能面のような表情は崩さない。
「そんなことだろうと思っていた。この三週間、やけにやつらの間に黒田が割って入るわけだ」
そうは言うものの、毛利は黒田のことを微塵も考えてはいなかった。その気配を感じ取るも柳は話を続けた。
「三条雪村くんが謝罪させないようにしてるんでしょうね。仲直りされたらライバル増えますから」
ふんっと毛利は鼻で笑う。
「そうさせた本人がな」
皮肉った毛利だったが、すぐにまた別のことを考え始めた。
あの時、ゆりの中に魔王がいると判った時、風間は好機だから恋に落として傷つけようと言った。自分もとりあえずはそれに賛成はした。しかし、黒田がなんで恋愛なんだと訊いたわけもわかる。それは、毛利自身も疑問に思っていたからだ。
「拷問、強姦、悲惨な光景の目撃……心を殺す、空にする方法はいくらでもありそうなものだが、何故あやつは恋に落とすなどと言ったのか……」
なぜ、恋愛なのか……毛利はそこがどうしても理解出来なかった。他に選択肢がある以上、それを試さないでいるのは納得がいかない。
それに、恋愛関係に持ち込むというのは、分が悪い。毛利は今まで異性として誰かを好きになったことがなかった。興味がなかったし、そんな暇もなかった。
「やはり、あやつは信用ならんな」
主の呟きに、柳は目を細める。
信用できないのは風間だけではないだろうとでも言いたげだ。
「試してみるか……」
毛利は虚空に呟いて、杯の酒を飲み干した。