私の中におっさん(魔王)がいる。
「……げっ」
「ちょっと、こっちこい」
笑んでいる表情は柔らかかったけど、声に険があった。
ちらりと翼さんを見ると顔面蒼白でクロちゃんを見つめていた。
(ご愁傷様です)
私は心の中で手を合わせた。
翼さんはすごすごとクロちゃんの許へと寄っていった。
翼さんにがなりそうなりながら、太ももに軽く蹴りを入れるクロちゃん。
すんません、とジェスチャーで、へこっと頭を下げる翼さん。
なんとなくそんな光景を微笑ましく思っちゃうのは、翼さんが本当はクロちゃんが好きだっていうのがわかるからだと思う。
こんな感じの仲の良い先輩と後輩っているなぁ……年齢は逆だけど。
「ふふっ」
私は思わず笑ってしまった。
翼さんをシッシ! と追いやって、クロちゃんは私の隣に腰掛ける。
「何かあった?」
「え?」
なにか、と言われて瞬時に思い浮かんだのは、毛利さんの顔で、一瞬ドキッと心臓が高鳴った。
「ううん。何もないよ」
私は慌てて作り笑いを送る。
(言えるわけない)
「今、クロちゃんの話してたんだよ。クロちゃんって、すごい人だったんだね」
「ああ、うん。まあね。三関(さんかん)の席にもいるし、褒め称えても良いけど? ――って、クロちゃん?」
自信満々に言い放ったクロちゃんが、途端に怪訝な顔をする。
(あれ? 私今なんて呼んだ?)
……しまった! つい、心の中の呼び方で呼んじゃった!
「それって、ぼくのこと?」
「え、うん。ダメかな?」
私が窺うと、クロちゃんは明らかに不愉快そうだった。
「なんだよその呼び方、ぼくこう見えても結構偉い地位にいるんだけど?」
拗ねたように若干頬を膨らませるクロちゃんに、思わず頬がほころぶ。
(可愛い。弟がいたら、絶対こんな感じなんだろうな)
「じゃあなんて呼べばいい?」
「黒田様!」
「――俺様か!」
「俺様?」
クロちゃんは不思議そうに首を傾げた。
こっちの世界には、俺様というワードはないらしい。