Fall -誘拐-


「いつもここで歌ってたんですか?」


「いや、いつもは駅の近くとかかな。今日はちょっと気分変えようと思ってここに。」


「じゃあすっごい偶然だったんですね!」



アンコール終了後、

“むしろ僕が”と財布を取り出そうとしたけど、

給料日を前にスッカラカンになっていた財布の中を見たその子がクスッと笑って、

自動販売機でコーヒーを奢ってくれた。


「君は・・大学生?」


「はい、今4年生です。」


「こんな時間までバイトか何か?」


「・・・え~っと・・ううん。
ちょっと用事の帰りです。」



あんまり触れない方が良かったのかな・・?

笑顔を見せていたその女性が、

最初の貞子みたいな俯きを見せた気がした後に立ち上がる。


「あの・・また聴きに来てもいいですか?」


「もちろん!
明日からもここで歌ってるから。」


「名前・・・・お名前は?」


「西平ヤスシ!君は?」


「黒部リカです!」



“じゃあまたね”と手を振った黒部さんの後ろ姿を見届けた後、

片付けをして僕も家路へと着く。


その歩調はいつの間にかスキップに変わって、背負ったギターケースが上下に揺られた。





















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