冬の王子様の想い人
普段屋上を滅多に訪れない私は、物珍しさからキョロキョロと周囲を見回す。

校舎をぐるりと取り囲むように設置された高いフェンスの向こう側に広がる景色が新鮮だ。


「……アンタ、警戒心とかないわけ?」

隣から呆れたような声が聞こえた。


「警戒心はあるけど、氷室くんはこんな場所で女子に酷いことをするような人じゃないでしょ?」
「昨日の俺は誰かさんに見事に足を踏まれて、寝込みを襲われかけたけどね」

妖艶な眼差しを向けられて腰が引け、身体が強張る。


「足は、その、ごめんなさい。でも……起こしたのは楠本くんに頼まれたからで」
「知ってるよ、桜汰に確認した」
「桜汰……?」
「楠本桜汰、さっき一緒にいただろ?」

そう言えばその名前を聞いたな、とぼんやり思い出す。


「し、知ってるなら誤解は解けたでしょ。なんでわざわざ呼び出すの?」


無言でフッと口元を綻ばせた氷室くんがおもむろに私の髪を長い指でひと房摘まんで、自身の口元にそっと運ぶ。


ドキン、と心臓が痛いほど大きな音を立てた。


「聞きたいことがあるんだ」


掠れた低い声が耳朶を震わせる。

真っ直ぐに私を見つめる目の力強さに声すら出せなくなる。細くて長い睫毛がはっきりとわかるほどの近い距離に体温がどんどん上がっていく。


「俺の名前を知ってる?」
「……氷室くんでしょ?」

毅然と言い返したかったのに出てきた声は酷く弱々しい。
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