冬の王子様の想い人
「無理。離したら昨日みたいに逃げるだろ?」


ほんの少し振り返って言う。聞こえているならもっと早く返事してほしい。


「逃げないから、ちょっと待ってよ」


これは本心。

下手に逃げてまた教室まで来られたらたまったものじゃない。こんなに注目を浴びるのはこれきりにしてほしい。


「どうだか」


フッと口角を上げる仕草にさえ色気が漂っている。
同い年のはずなのにこの差はなんだろう。

ドキンドキン、と鼓動がうるさいくらいに暴れだし、向けられた微かな微笑みに胸がコトリと動く。


疑うような台詞を口にしながらも、歩く速度は落としてくれた。


……やっぱり優しい人なのかもしれない。
もしや言葉足らずで無愛想なだけ?


そんな考えが頭に浮かぶ。


手首を握る手は昨日と同様にとても優しい。逃がさない、なんて物騒な台詞を口にするわりに本気ではないように見える。


「どこに向かってるの?」
「屋上」


意外にもきちんと返答してくれたので、それ以上問わずにおとなしく手を引かれていた。

さっきまでは嫌だったのに、今はそれほど不快になっていない自分に驚きながら、大きな背中を眺めていた。


足を踏み入れた屋上には人気がなく、千帆ちゃんの言っていた通り今日は気温が高い。

ドアのすぐ近くに置かれている赤いベンチに迷わず腰掛けた氷室くんに、視線で右隣に座るように促される。

少し距離をとって腰をおろすと、手首を解放してくれた。
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