花とバスケと浴衣と
少しソワソワしながらも、いつも通り明日の販売用のミニブーケをいくつか仕上げ、よくミニブーケを買いに来てくれるお客様とレジ前でお話をしながら花の説明をしていると、ミニブーケのコーナーを若い女性が見ているのが目に入った。常連のお客様のレジを終え、店頭までお見送りをして、ミニブーケのコーナーにいる女性に声をかけた。
「いらっしゃいませ。」
顔を上げた女性の顔を見て、千花は一瞬驚いた。先日千花に「調子に乗らないで」と呟いて帰っていった人だったからだ。あの人だ。と思いながらもお客様だと言い聞かせ、千花は至って冷静に、いつも通り
「何かお探しですか?」と笑いかけた。女性は一瞬目を見開いて、怒ったような表情をして言った。
「これ、あなたが作ったの?」
「はい、そうですが、どうかなさいましたか?」
「気に入らないのよ。全然気に入らない。」
千花が丁寧に聞いたことが、癪に障ったのか、突然大きな声で叫びながら、ミニブーケが3つ入ったバケツをガンと足で蹴り、ブーケごと倒した。バケツに入っていた水が店頭にこぼれ、千花は慌ててバケツを立てなおし、落ちたブーケを拾った。梱包紙も少し濡れてしまっていて、このままでは売れない状態になってしまっていた。千花はとりあえず、濡れてしまった床を拭くために、バケツにブーケを入れて、店内に戻し、急いで雑巾を持ってきて床を拭いた。大きな音に驚いた店長が奥から出てきて、聞いた。
「どうしたの?」
「すみません。バケツを倒してしまって。でも、もう拭いたんで大丈夫です。」
千花がとっさに謝ると、女性は顔を真っ赤にして怒った。
「調子に乗らないでって忠告したでしょ!あんたなんかその花とおんなじですぐに捨てられるんだから!」
異様な様子を汲み取った店長が、大きな声で言った。
「お客様、大変失礼いたしました。バケツが倒れてしまったようですが、お怪我はありませんか?」店長の声にハッとした様子の女性は、青ざめて、バケツの中のブーケを見て、
「すみません。全部買い取ります。」と言って、鞄から財布を出そうとした。
「お客様、大変申し訳ございませんが、このブーケはお売りすることはできません。ミニブーケは在庫がございませんので、また日を改めてご来店頂けますか?」
「でも…。」
「このブーケはお譲りできません。どうぞお引き取り下さい。」
店長の言葉に、女性はお金を置いて出ていこうとした。店長は
「お客様、これはお受け取りできません。」と言って、レジの脇にサンプルとして置いてあったドライカモミールの入った小さな袋を女性に渡し、
「カモミールの香り袋のサンプルです。お部屋に置くと心が静まる効果があると言われています。どうぞ、お持ち下さい。」と言った。女性は少し戸惑った表情で受け取りながら、店長に背中を押されるようにして、店を後にした。お客様を見送った店長は、千花の背中を押しながら店に入り、フーっと大きく息をついた。
「店長、すみません。私のせいで。」千花が謝ると、店長は、
「何があったのかは知らないけどさ、まさかバケツを倒す勢いで蹴るとはねー。あの子も絶対足痛かったと思うよ。」確かに、ミニブーケを入れているバケツは、安定が良いように下に重しがいれてあるため、見た目よりも固く重い。ちょっと当たったくらいじゃ倒れないようになっていることは千花も十分分かっている。
「調子に乗らないでって言われたの?」
「はい。」
「何の話か心当たりはある?」
「言われた時はわからなかったんですけど、その後色々あって、多分そうだろうなって思うことはあります。」
「そっか…。千花ちゃんは人に恨みを買うようなことしないと思ってたんだけどな。」
「…すみません。誤解だと思うんですけど…。」
「でしょ?良かった。カモミール効くと良いな。」
「ですね…。」店長が大人な対応をしてくれて良かった、と千花は心から思った。
「にしても、ビビったな。あんな修羅場、一瞬どうしようか焦ったよ。」笑いながら話す店長に、千花は泣きたい気持ちになった。でも、ここで千花が泣けば店長に余計な心配をかけてしまう。千花はグッと唇を噛み締めて涙をこらえ、頭を下げた。
「個人的なことでお店に迷惑をかけてしまってすみません。」
「千花ちゃん、顔を上げて。千花ちゃんが謝る必要はないよ。悪いことした覚えないんでしょ?」やっと顔を上げて千花が頷くと、
「だったら、胸を張って、濡れたブーケを救ってあげて。」と店長は、千花の肩を叩きながら、倒された3つのブーケを指して言った。千花は
「はい。」と返事をして、バケツ毎ブーケを抱えて奥へ行った。奥で様子を伺っていた奥さんが、
「類くんもカッコイイけど、うちの人も中々やるでしょ?」と千花に笑いかけた。千花は今度こそ涙を堪えきれずに、頬を濡らしながら頷くと、奥さんが抱きしめてくれた。
「怖かったね。偉かったね。ちゃんと類くんに今日のこと言うんだよ。」
何もかも分かっているような口調で、奥さんが慰めてくれた。千花は、情けないな、と思いながら、うなづいて涙を拭き、
「ありがとうございます。」と言って、作業に戻った。倒れされたミニブーケは、梱包紙を取って、改めて組み直したが、花首が折れてしまったものもあり、結構な衝撃だったんだなーと千花は悲しい気持ちになった。二つのミニブーケに組み直したが、いつもの梱包紙で包んで売り物にする気になれず、千花はむき出しの状態のまま、とりあえず、バケツに入れた。他のミニブーケを仕上げて、閉店の時間になり、店頭を片付けていると、奥さんが聞いた。
「千花ちゃん、これ、包装しあげないの?」
「えっと…それ、私買って帰ろうかなって思って。」
「どうして?」
「倒れたブーケを組み直したんですけど、売り物にするの申し訳なくて…。」
「そんなの気にすることないのに。」
「でも、花がかわいそうだから。私が家に飾ろうかなって思うんです。」
「でも…。」
「千花ちゃんの良いようにしてやりな。」
店長が出てきて言ってくれた。売り物にしたくないという気持ちを理解してもらえたらしい。
「ありがとうございます。」と千花が言うと、店長が店の外を覗いて、
「おっ、あれが噂のイケメン君か。」と言った。店の前で待っている類先輩を見て、千花は、そうだった、類先輩が来るんだったと、やっと思い出した。奥さんが、
「千花ちゃん、もう片付けは良いから早く着替えていらっしゃい。コレは袋に入れておいてあげるわ。」と言った。
「ちょっと挨拶してくるか。」と、店長が店から出ていくので、千花が思わず
「え?」声を上げると、店長はニヤッと笑って、
「千花ちゃん、心配すんな。ちょっと挨拶するだけだから。」と出ていってしまった。奥さんにも急かされて、千花は後ろ髪を惹かれる思いで渋々バックヤードへ行き、エプロンを脱いで、鞄を取りに行った。財布から1000円札を出して、奥さんからミニブーケの入った袋を受け取る時に、こっそり奥さんのエプロンに忍ばせた。
「また明日よろしくね。ちゃんと話すのよ。」
「はい。ありがとうございました。お先に失礼します。」
頭を下げて千花は店を出た。店先から少し離れたところで類先輩と店長が話しているのをみつけ、千花は慌てて走っていった。
「いらっしゃいませ。」
顔を上げた女性の顔を見て、千花は一瞬驚いた。先日千花に「調子に乗らないで」と呟いて帰っていった人だったからだ。あの人だ。と思いながらもお客様だと言い聞かせ、千花は至って冷静に、いつも通り
「何かお探しですか?」と笑いかけた。女性は一瞬目を見開いて、怒ったような表情をして言った。
「これ、あなたが作ったの?」
「はい、そうですが、どうかなさいましたか?」
「気に入らないのよ。全然気に入らない。」
千花が丁寧に聞いたことが、癪に障ったのか、突然大きな声で叫びながら、ミニブーケが3つ入ったバケツをガンと足で蹴り、ブーケごと倒した。バケツに入っていた水が店頭にこぼれ、千花は慌ててバケツを立てなおし、落ちたブーケを拾った。梱包紙も少し濡れてしまっていて、このままでは売れない状態になってしまっていた。千花はとりあえず、濡れてしまった床を拭くために、バケツにブーケを入れて、店内に戻し、急いで雑巾を持ってきて床を拭いた。大きな音に驚いた店長が奥から出てきて、聞いた。
「どうしたの?」
「すみません。バケツを倒してしまって。でも、もう拭いたんで大丈夫です。」
千花がとっさに謝ると、女性は顔を真っ赤にして怒った。
「調子に乗らないでって忠告したでしょ!あんたなんかその花とおんなじですぐに捨てられるんだから!」
異様な様子を汲み取った店長が、大きな声で言った。
「お客様、大変失礼いたしました。バケツが倒れてしまったようですが、お怪我はありませんか?」店長の声にハッとした様子の女性は、青ざめて、バケツの中のブーケを見て、
「すみません。全部買い取ります。」と言って、鞄から財布を出そうとした。
「お客様、大変申し訳ございませんが、このブーケはお売りすることはできません。ミニブーケは在庫がございませんので、また日を改めてご来店頂けますか?」
「でも…。」
「このブーケはお譲りできません。どうぞお引き取り下さい。」
店長の言葉に、女性はお金を置いて出ていこうとした。店長は
「お客様、これはお受け取りできません。」と言って、レジの脇にサンプルとして置いてあったドライカモミールの入った小さな袋を女性に渡し、
「カモミールの香り袋のサンプルです。お部屋に置くと心が静まる効果があると言われています。どうぞ、お持ち下さい。」と言った。女性は少し戸惑った表情で受け取りながら、店長に背中を押されるようにして、店を後にした。お客様を見送った店長は、千花の背中を押しながら店に入り、フーっと大きく息をついた。
「店長、すみません。私のせいで。」千花が謝ると、店長は、
「何があったのかは知らないけどさ、まさかバケツを倒す勢いで蹴るとはねー。あの子も絶対足痛かったと思うよ。」確かに、ミニブーケを入れているバケツは、安定が良いように下に重しがいれてあるため、見た目よりも固く重い。ちょっと当たったくらいじゃ倒れないようになっていることは千花も十分分かっている。
「調子に乗らないでって言われたの?」
「はい。」
「何の話か心当たりはある?」
「言われた時はわからなかったんですけど、その後色々あって、多分そうだろうなって思うことはあります。」
「そっか…。千花ちゃんは人に恨みを買うようなことしないと思ってたんだけどな。」
「…すみません。誤解だと思うんですけど…。」
「でしょ?良かった。カモミール効くと良いな。」
「ですね…。」店長が大人な対応をしてくれて良かった、と千花は心から思った。
「にしても、ビビったな。あんな修羅場、一瞬どうしようか焦ったよ。」笑いながら話す店長に、千花は泣きたい気持ちになった。でも、ここで千花が泣けば店長に余計な心配をかけてしまう。千花はグッと唇を噛み締めて涙をこらえ、頭を下げた。
「個人的なことでお店に迷惑をかけてしまってすみません。」
「千花ちゃん、顔を上げて。千花ちゃんが謝る必要はないよ。悪いことした覚えないんでしょ?」やっと顔を上げて千花が頷くと、
「だったら、胸を張って、濡れたブーケを救ってあげて。」と店長は、千花の肩を叩きながら、倒された3つのブーケを指して言った。千花は
「はい。」と返事をして、バケツ毎ブーケを抱えて奥へ行った。奥で様子を伺っていた奥さんが、
「類くんもカッコイイけど、うちの人も中々やるでしょ?」と千花に笑いかけた。千花は今度こそ涙を堪えきれずに、頬を濡らしながら頷くと、奥さんが抱きしめてくれた。
「怖かったね。偉かったね。ちゃんと類くんに今日のこと言うんだよ。」
何もかも分かっているような口調で、奥さんが慰めてくれた。千花は、情けないな、と思いながら、うなづいて涙を拭き、
「ありがとうございます。」と言って、作業に戻った。倒れされたミニブーケは、梱包紙を取って、改めて組み直したが、花首が折れてしまったものもあり、結構な衝撃だったんだなーと千花は悲しい気持ちになった。二つのミニブーケに組み直したが、いつもの梱包紙で包んで売り物にする気になれず、千花はむき出しの状態のまま、とりあえず、バケツに入れた。他のミニブーケを仕上げて、閉店の時間になり、店頭を片付けていると、奥さんが聞いた。
「千花ちゃん、これ、包装しあげないの?」
「えっと…それ、私買って帰ろうかなって思って。」
「どうして?」
「倒れたブーケを組み直したんですけど、売り物にするの申し訳なくて…。」
「そんなの気にすることないのに。」
「でも、花がかわいそうだから。私が家に飾ろうかなって思うんです。」
「でも…。」
「千花ちゃんの良いようにしてやりな。」
店長が出てきて言ってくれた。売り物にしたくないという気持ちを理解してもらえたらしい。
「ありがとうございます。」と千花が言うと、店長が店の外を覗いて、
「おっ、あれが噂のイケメン君か。」と言った。店の前で待っている類先輩を見て、千花は、そうだった、類先輩が来るんだったと、やっと思い出した。奥さんが、
「千花ちゃん、もう片付けは良いから早く着替えていらっしゃい。コレは袋に入れておいてあげるわ。」と言った。
「ちょっと挨拶してくるか。」と、店長が店から出ていくので、千花が思わず
「え?」声を上げると、店長はニヤッと笑って、
「千花ちゃん、心配すんな。ちょっと挨拶するだけだから。」と出ていってしまった。奥さんにも急かされて、千花は後ろ髪を惹かれる思いで渋々バックヤードへ行き、エプロンを脱いで、鞄を取りに行った。財布から1000円札を出して、奥さんからミニブーケの入った袋を受け取る時に、こっそり奥さんのエプロンに忍ばせた。
「また明日よろしくね。ちゃんと話すのよ。」
「はい。ありがとうございました。お先に失礼します。」
頭を下げて千花は店を出た。店先から少し離れたところで類先輩と店長が話しているのをみつけ、千花は慌てて走っていった。