花とバスケと浴衣と
「店長!」
「っつーことで、イケメンくん。千花ちゃんはうちの大事な戦力なんだから、泣かすようなことがあったらただじゃおかないからな。」店長の大きな声に、類先輩は
「わかりました。」と笑っていた。
「じゃぁな、千花ちゃん、気をつけて帰れよ。」
「はい。ありがとうございました。お先に失礼します。」店へ戻っていく店長の背中を見送っていると、類先輩が言った。
「何か千花ちゃんの家族に挨拶した気分だよ。」
「家族みたいに良くしてもらってますから。」千花がつぶやくと、
「いい人たちだね。」と笑った。
「それにしても、急にどうしたんですか?何かあったんですか?」千花は類先輩が突然来た理由が気になっていた。
「何かあったのは千花ちゃんでしょ?」少し怒った表情で言われ、千花は確かにそうだけど、何で?と思った。
「歩きながら話そうか。遅くなって本当のご家族に心配かけると困るし。」類先輩に促されて、家の方へ向かって歩き始めた。
「最近オレのこと避けてたでしょ?」
「そんなことないですけど…。」
「今日も本当は応援来ないつもりだったでしょ?」
「そんなことないですよ。」
「ミマちゃんが出なくても?」
「それは…。どうかな…。」
「誰かになんか言われた?」
「えっと…。」
「オレは今日質問攻めにあったよ。牧野千花とはどういう関係なんですか?って。」
「応援サークルの方たちですか?」
「そう。」
「で、なんて答えたんですか?」
「大事な彼女だよって。」
「え?」
「そう言ったほうがちゃんと千花ちゃんを守ってあげられると思ったから。」
「でも…。」
「中途半端に説明してもわかってもらえないと思ったし、彼女だって言えばみんな納得してくれたよ。ごめんね。オレのせいで嫌な思いさせて。」
「え?」
「色んな子たちが千花ちゃんの情報を集めてたってフジさんから聞いた。中途半端なことするなって、怒られた。」
「そんな…。」
「オレも軽率だったなって思って。前にストーカーみたいになっちゃった子いたのにさ、千花ちゃんに被害が及ぶなんて全然考えてなかった。ごめんね。」
「いえ、私は何も…。」
「何もされてない?ホントに?何があったかちゃんと教えて欲しい。」真剣な顔の類先輩を見て、千花は話すことにした。
「…ちょっと前に、ミニブーケを買いに来た若い女の人がいたんです。」
「うん。」
「その人、帰り際に、「調子に乗らないで」って私を睨んで帰っていきました。最初は何のことだか全く意味が解らなくて、お店の奥さんに話したら、身に覚えがないなら気にしなくて良いって言われて、私も忘れてたんです。しばらくしてから、ミマが、最近変わったことないか?って心配してくれて、何のことだろう?って思ったら、ミマに私のことを聞きに来る人がたくさんいるって教えてくれたんです。類先輩とどういう関係なんだ?って。ミマにはコンテストのことをちゃんと説明して、たぶん、類先輩と二人でいる所を類先輩のファンの誰かに見られたのかな?って思ってたんです。でも…別にそれ以外なにもなかったんですけど、ミマと一緒にいると、私を見てヒソヒソ話してる人が居たりしてちょっと嫌な感じだなとは思ってました。でも、これと言って特に何か接触があったわけじゃなくって…。」
「本当に?」千花は、手に持った袋のブーケを見て言った。
「今日の夕方、この間の女の人がまたお店に来たんです。あ、と思ったんですけど、お客様だし、いつも通り話しかけたら…多分それが気に入らなかったんだと思うんですけど、ミニブーケの入ったバケツを思いっきり蹴って倒されちゃって…。」
「え?」
「水もこぼれちゃったんで、急いで拭いて、ブーケも戻したんですけど、包装も濡れちゃって、やっぱり少し花首が折れちゃったのもあって…その花を指しながら叫ばれたんです。
調子に乗らないでって忠告したでしょ!あんたなんかその花とおんなじですぐに捨てられるんだから!って。」
「誰だよ、その女。何の権利があってそんなこと言うんだよ。」苛立った口調の類先輩に、千花は申し訳ない気持ちになった。
「すみません。類先輩にまで嫌な思いさせて。」
「何いってんの?こっちこそごめん。オレのせいで、こんな面倒なことになって…。あの花屋にまで迷惑かけて…。その花束、だめになったやつ、千花ちゃんが買い取ったの?」
「店長が、出てきてくれたんです。大きな音がしたから、心配して。彼女が私に大声で叫んでるのを見て、それよりも大声で「お客様申し訳ありません。お怪我はありませんでしたか?」って。その声で、彼女も自分がやったことに気がついたみたいで、ダメにしちゃった花束を買い取るって言ったんです。でも、店長が、このブーケは譲れないって。お金を置いていこうとした彼女に、サンプルのカモミールの香り袋を渡してました。心が鎮まる効果があるからって。店長には、ブーケを救ってあげてって言われて、駄目になった花を除いて、もう一度組み直したんですけど、私がどうしても売り物にしたくなくって、わがまま言ってもらってきました。」
「そっか…。ごめんね、千花ちゃん。」
「類先輩のせいじゃないです。」
「いや、明らかにオレのせいでしょ…。ねぇ、その花オレに譲ってくれない?」
「え?」
「ちゃんと飾って大事にするから。オレ、捨てるつもりなんか無いよ。ちゃんと大事にする。もう誰にも傷つけさせない。」
突然掴まれた右手に、千花は驚きながら類先輩を見上げた。いつもより少し悲しそうな目をした類先輩を見て、千花はこの人にこんな顔をさせたくなかったな…と思った。袋から花束を取り出そうと思い、手を解こうとすると、類先輩は、ギュッと力を入れて、手を掴み直した。え?と思っていると、
「千花ちゃん、面倒なことに巻き込まれて、もう嫌になっちゃった?」少し諦めたような顔で見る類先輩に、千花は胸が締め付けられる思いがした。
「そんなこと言わないで。」千花は無意識のうちに類先輩の正面に立って、呟いた。突然の千花の行動に、類先輩も驚いた様子だった。少し震えながら類先輩の胸元にコトンと頭をよりかけて言った。
「嫌になんかならないです。類先輩と一緒に浴衣着るの楽しみにしてるんですから。」類先輩が息を呑んだのがわかった。千花は、自分の取った行動が、急にとてつもなく恥ずかしくなり、
「ごめんなさい。」とつぶやいて慌てて類先輩から離れた。類先輩の顔を見るのが怖くて、千花は、袋から、花束を一つ取り出した。
「自分で持って帰るつもりだったから、きちんと包装していないんです。だから…。」
類先輩は千花の手からブーケを奪って言った。
「そのままでいい。ちゃんと大事にするから。」千花は頷くと、暗くなっているとは言え、真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて、類先輩を見ずに言った。
「家、もうそこなんで、ここで良いです。送ってもらってありがとうございました。」頭を下げて、千花はその場から走って逃げた。
「千花ちゃん」後ろから類先輩が自分の名前を呼ぶのが聞こえたが、千花はそのまま走ってマンションに入った。

< 22 / 50 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop