花とバスケと浴衣と
千花は、自分の部屋に入ると、花束をテーブルの上に置き、ベッドにヘナヘナと座り込んだ。なんであんなことしてしまったんだろう…。類先輩が掴んだ自分の右手を自分の額に当ててみる。額に感じた類先輩の体温、匂い、驚いて息を呑んだ音、全てが鮮明に思い出せる。あんなにスキンシップが苦手だったのに、今朝類先輩が帽子越しに頭を撫でた時、驚きはしたものの、ちっとも嫌な気持ちにならなかった。右手を掴まれた時も、放して欲しいと思わなかった。それに、自分から類先輩の正面に立って凭れ掛かるなんて…自分自身の行動が理解できなかった。悲しそうな諦めた顔の類先輩を、慰めたかっただけ…そのはずなのに、どうしてあんな大胆なことをしてしまったんだろう。類先輩と付き合いたいとは思っていなかったはずなのに、一緒にいるうちに、いつの間にか自分は特別だと、勘違いをしてしまったのだろうか?類先輩の言動を、無意識に自分の都合の良い意味に取り違えてしまっていたのではないだろうか?類先輩が、花を大事にすると言ってくれたこと、捨てるつもりはないと言ってたことを、自分自身に言われているような錯覚にとらわれてしまう愚かな自分が怖かった。類先輩と付き合いたいと思っていないなんて、嘘だ。何があっても側に居たいと思っている自分に気が付き、千花は愕然とした。類先輩を好きにならないなんて無理だ…。あんなに優しくてかっこいい人を千花は知らない。でも、類先輩は千花が類先輩とつきあうつもりはないと思っている。確かに、そうだった。千花には類先輩から好かれる自信もなかったし、告白する勇気も、付き合う覚悟もなかった。なのに、二人でいると、錯覚してしまう。類先輩が自分を特別に大事にしてくれるような錯覚。皆に大事な彼女だって言ったのは、浴衣コンテストまでの口裏合わせだということは、千花が一番良く理解しているはずだった。なのに、本当に彼女にしてくれたらいいのに、と何処かで思っている愚かな自分に気が付き、千花は自嘲した。こんなんじゃ、類先輩に嫌われてしまう。もっとしっかりしなきゃ。類先輩に何を言われても、コンテストまでは仲良く、彼女のふりをしなければならない。お祖母様は既に千花の浴衣を縫ってくれているんだ。今更別の誰かに交代してもらうことはできない。類先輩に呆れられないために、千花の本心はちゃんと隠しておかなきゃならない。これは、コンテストの日までの夢なんだ、と千花は固く決心した。
鞄の中でスマホが光っていることに気づいた。ミマからの着信だ。
「もしもし?」
「千花?今大丈夫?」
「うん。大丈夫。」
「今日はありがとね、応援来てくれて。千花のはちみつ檸檬美味しかった。皆に食べられちゃって、大好評だったよ。」
「え?そうなの?良かった。皆で食べるならもっと作って行けばよかったね。」
「千花の手作りだって言ったら、類先輩が怒っちゃって。」
「え?」どういう意味だろう?
「お前らオレの彼女の手作り差し入れを勝手に食うな!って。あんな類先輩初めてみたから面白かったよ。」
「何それ…。」何でそんな思わせぶりなことを言うの?
「ちゃんと付き合うことになったんでしょ?類先輩、応援サークルのメンバーに彼女だって説明してたよ。」そっか、皆の前では彼女だってことにしとかなきゃ信憑性がなくなっちゃうからか…。千花は類先輩の考えがわかって、本気で私を守ってくれようとしてるんだなと思った。切ない気持ちに胸が痛くなりながら、千花は、ミマに言った。
「コンテストまでの間だけどね。」
「え?」
「私のことを色々調べ回ってるって聞いて、「彼女」にしないと守ってあげられないって言ってた。」
「どういうこと?」
「周りの人たちにしたら、類先輩から「彼女」だって聞いたら、そう安々とちょっかいかけたり、文句を言ったりできなくなるだろうと思ったみたい。確かに、今のまま彼女じゃないけど一緒に居ますってポジションだと、だったら私も!ってみんな思うでしょ?」
「…ねぇ、千花。それ類先輩が本当にそう言ったの?」
「そうだよ。彼女って言ったほうがちゃんと守ってあげられるって。」
「そっか…。私はてっきり類先輩と千花がちゃんと付き合い始めたんだと思ってた。」
「そんなこと、有り得ないよ。でも、そういうことにしておいて。」
「え?」
「せっかく類先輩が私を守るためについてくれた嘘だから、無駄にしたくない。」
「千花…。ホントにそれでいいの?」
「うん。」
「千花が良いなら、私は何も言わないけど…。ホントに大丈夫?」
「うん。ミマが知っててくれればそれで良いよ。コンテストが終わるまでの夢だって。」
「夢?」
「うん。憧れて近づきたかった類先輩の彼女役の夢。コンテストが終わったら元通り現実に帰ってくるってこと、ミマがわかっててくれたら私はそれで頑張れる。」
「千花。一人で頑張りすぎないでよ?」
「うん。大丈夫。」
「本当に困ったことになったら、絶対にすぐに言って。全力で助けるから。」
「ありがと。ミマ。心強いよ。」
「約束だよ。」
「うん。ミマってやっぱりカッコイイね。今日の試合もすごくかっこ良かった。またミマファンクラブのメンバーが増えるんじゃないかな?」
「もう、ファンクラブって何よ。」
「実際にいたじゃない。高校時代も。」
その後、他愛もない話をして二人で笑いながら、電話を切った。ミマと話したことで、千花の心はすっかり落ち着きを取り戻した。そうだ、コンテストまでの夢だ。千花はカレンダーを見た。コンテストまで残り二週間。二週間後には否が応でも夢から覚めるんだ。せっかくの夢なら楽しまなきゃ損だ。千花は大きく息を吸った。テーブルの上に置きっぱなしの花束を見て、二週間は枯れちゃいけない。ちゃんと咲き続けなきゃと、花瓶を求めて部屋を出た。
鞄の中でスマホが光っていることに気づいた。ミマからの着信だ。
「もしもし?」
「千花?今大丈夫?」
「うん。大丈夫。」
「今日はありがとね、応援来てくれて。千花のはちみつ檸檬美味しかった。皆に食べられちゃって、大好評だったよ。」
「え?そうなの?良かった。皆で食べるならもっと作って行けばよかったね。」
「千花の手作りだって言ったら、類先輩が怒っちゃって。」
「え?」どういう意味だろう?
「お前らオレの彼女の手作り差し入れを勝手に食うな!って。あんな類先輩初めてみたから面白かったよ。」
「何それ…。」何でそんな思わせぶりなことを言うの?
「ちゃんと付き合うことになったんでしょ?類先輩、応援サークルのメンバーに彼女だって説明してたよ。」そっか、皆の前では彼女だってことにしとかなきゃ信憑性がなくなっちゃうからか…。千花は類先輩の考えがわかって、本気で私を守ってくれようとしてるんだなと思った。切ない気持ちに胸が痛くなりながら、千花は、ミマに言った。
「コンテストまでの間だけどね。」
「え?」
「私のことを色々調べ回ってるって聞いて、「彼女」にしないと守ってあげられないって言ってた。」
「どういうこと?」
「周りの人たちにしたら、類先輩から「彼女」だって聞いたら、そう安々とちょっかいかけたり、文句を言ったりできなくなるだろうと思ったみたい。確かに、今のまま彼女じゃないけど一緒に居ますってポジションだと、だったら私も!ってみんな思うでしょ?」
「…ねぇ、千花。それ類先輩が本当にそう言ったの?」
「そうだよ。彼女って言ったほうがちゃんと守ってあげられるって。」
「そっか…。私はてっきり類先輩と千花がちゃんと付き合い始めたんだと思ってた。」
「そんなこと、有り得ないよ。でも、そういうことにしておいて。」
「え?」
「せっかく類先輩が私を守るためについてくれた嘘だから、無駄にしたくない。」
「千花…。ホントにそれでいいの?」
「うん。」
「千花が良いなら、私は何も言わないけど…。ホントに大丈夫?」
「うん。ミマが知っててくれればそれで良いよ。コンテストが終わるまでの夢だって。」
「夢?」
「うん。憧れて近づきたかった類先輩の彼女役の夢。コンテストが終わったら元通り現実に帰ってくるってこと、ミマがわかっててくれたら私はそれで頑張れる。」
「千花。一人で頑張りすぎないでよ?」
「うん。大丈夫。」
「本当に困ったことになったら、絶対にすぐに言って。全力で助けるから。」
「ありがと。ミマ。心強いよ。」
「約束だよ。」
「うん。ミマってやっぱりカッコイイね。今日の試合もすごくかっこ良かった。またミマファンクラブのメンバーが増えるんじゃないかな?」
「もう、ファンクラブって何よ。」
「実際にいたじゃない。高校時代も。」
その後、他愛もない話をして二人で笑いながら、電話を切った。ミマと話したことで、千花の心はすっかり落ち着きを取り戻した。そうだ、コンテストまでの夢だ。千花はカレンダーを見た。コンテストまで残り二週間。二週間後には否が応でも夢から覚めるんだ。せっかくの夢なら楽しまなきゃ損だ。千花は大きく息を吸った。テーブルの上に置きっぱなしの花束を見て、二週間は枯れちゃいけない。ちゃんと咲き続けなきゃと、花瓶を求めて部屋を出た。