花とバスケと浴衣と
7.「彼女」ごっこ
翌日は朝からバイトへ向かった。千花はまず、店長と奥さんに昨日のことをもう一度お詫びした。二人は、千花が謝る必要は何もないと言って請けあってくれなかったが、さぁ、今日も頼むよと言って、店長が千花の背中をポンと威勢よく叩いた。千花は驚きながらも、店長の優しさがありがたく、奥さんの耳元で、
「ホントに店長って大人でカッコイイですね。」と言った。奥さんは大声で笑いながら、
「千花ちゃんもやっとあの人の魅力に気づいてくれたのね。」と言った。
店内の掃除を済ませ、店内から店頭へ、売出しの花や看板、ミニブーケなどをいつも通りに並べていると、何故か店長が倉庫から折りたたみ式の木製ベンチを持ってきた。
「それ、どうするんですか?」
「そろそろ模様替えしようと思って。」
「模様替えですか?」
「うん。千花ちゃんその看板ちょっとそっちにずらして。あと、ミニブーケとそこのハーブ類の鉢もとりあえず、中に入れといてくれる?」
「わかりました。」
指示されたとおりに千花は物を移動させた。店長は店前に木製ベンチを置いて、その隣に看板を置いた。ベンチの上には店頭に並べていた暑さにも強いガーデニング用の花とハーブ系の鉢植えをいくつか並べ、真ん中にバケツが置けるスペースを作ると、
「そのバケツ取って。」
と言って、看板よりに小さなブリキのバケツを置いた。すごく見えやすい目立つ場所におかれたブリキのバケツは、ハーブの緑に囲まれてオシャレなインテリアの一つになった。おしゃれだなーと思いながら、このバケツには園芸用品でも入れるのかな?と千花が思っていると、店長は店内へ入って、保冷剤を持ってきて、ブリキバケツの中に入れると、その上から水を入れた。花を入れるつもりなのかな?と思いながら、千花が見ていると、店長は、脇に避けてあったミニブーケのバケツの中からブーケを3つとると、迷いなくそれをブリキバケツに入れた。千花は驚いたが、店長は少し離れて外観を確認し、ウンウンと頷くと、看板の向きを整えて、千花を商店街の通路に手招きした。店長の隣に立って、店の外観を見た千花は、驚いた。イメージが変わった外観は、千花の作ったミニブーケがとても引き立っている。
「どう?」
「すごいおしゃれですね。」
「でしょ?」
「でも、あのブーケがあんなに目立つ位置で良いんですか?」
「もちろん。あれはうちの看板商品だからね。しっかり目立たせないと。」
店長を見ると、ニヤッと笑った。千花は看板商品と言われて、驚いた。確かに定期的にミニブーケを買ってくれる常連さんは増え、毎日5~6個は出るので、その分の補充を千花が行っている。バイトが休みの日の前日は、2日分のミニブーケを14~5個作成することになるので、それがメインとなってしまい、奥さんにレジを任せなければならないことを申し訳ないと千花は思っていた。
「千花ちゃんのミニブーケ、ホントに評判が良いんだ。そろそろ本腰入れて宣伝しようってエミがうるさくてね。」
「奥さんが?」
「これだけ売上が見込めるなら、いつまでもあんな店頭のミニバケツに並べとくわけにはいかないって。アイツは恐ろしいよ。」苦笑いしながら言う店長に、千花は
「なんかすごくうれしいです。ありがとうございます。」と頭を下げた。
「これでもう、大事な商品蹴られる心配もないしな。」
「そうですね。」千花が苦笑いをすると、店内に居た奥さんが出てきた。
「模様替え、終わったの?」通路まで出てきて千花の隣にたった奥さんは言った。
「うん。やっぱりいいじゃない。これなら一々屈む必要もないし、準備と片付けは一手間増えるだろうけど、お客さんから見やすくなって良かったわ。」
確かに今まではミニバケツが足元にあったので、ブーケを見るためには一々屈んで見る必要があった。
「オレのセンスもなかなかだろ?」
「何言ってんの。千花ちゃんのブーケのお陰でしょ。」
「そんなことないですよ。」
ワイワイと三人で話しながら店内へ戻ると、奥さんが言った。
「この間の和のブーケ、あれも売り出せないかしら?」
「和のブーケ?」
「包装も和紙に変えて、このミニブーケの姉妹品みたいな感じにして並べておくの。」
「やってみたら良いんじゃないか?今なら多少の冒険はできる。」
店長の言葉に奥さんは嬉しそうだった。千花も自分の作った花束が少しでも店の売上に貢献できるなら嬉しいと思った。
お昼を過ぎてしばらくして、明日は休みの千花が奥でミニブーケの制作に励んでいると、店番をしていた奥さんが言った。
「千花ちゃん、ミニブーケの今日のストックなくなっちゃったんだけど、追加でお願いできる?」
時計を見るとまだ2時前。こんなに早くミニブーケが品切れになったことは初めてだ。
「やっぱり模様替え効果ですかね?」
「そうね。目立つからね。明日の分も、少し多めにお願いできると安心なんだけど。」
「わかりました。頑張ります。」
千花は、張り切ってペースを上げてミニブーケを仕上げた。後30分でバイトが終わるという時間になって、千花のミニブーケは16個できていた。明日の分と、明後日の分でもう少し数を作ったほうが良いのだろうか?と思いながらも、平日だし、このくらいで良いのかな?と千花が迷っていると、店番をしていた奥さんが千花を呼びに来た。なんだろう?と思いながら店へ出ると、店の前で店長と類先輩が話している姿が目に飛び込んだ。え?何で類先輩がまたいるの?千花が奥さんを見ると、奥さんはレジ横に置いた菓子折りの袋を見せた。
「類くんが昨日のお詫びに来てくれたの。」
「え?」
「自分のせいでお店にまでご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたって。主人と私に頭を下げに来たのよ。」
「そんな。」
「ちゃんと話したのね、昨日のこと。」
「はい。」
「ホントいい男ね。あんな風に頭下げられちゃったら、せっかくのうちの人が霞んで見えちゃうわ。」
奥さんが笑って言うので、千花は
「店長は大人でカッコイイですよ。」
「あら、ありがとう。じゃぁ類くんと交換する?」
「なんてことを言うんですか。」千花が呆れると、
「だって、若くてイケメンで背も高くて、性格まで良いなんて、そこまで完璧だと千花ちゃんもちょっと嫌になっちゃうでしょ?」
「嫌になんかならないですよ。ずっと憧れていられますから。」千花が笑うと、
「まぁごちそうさま。」と奥さんは笑った。奥さんの言うとおりだと思った。もう少し類先輩の性格が悪ければ、千花も救われただろう。あの優しさが、もっと希薄なものであれば、こんな風に勝手に期待してドキドキすることもなかったのに。完璧な優しさが千花の心を真綿でじわじわと締め付けてくる。溢れてきそうな恋心にしっかり蓋をして、千花は大きく息を吸った。ミニブーケを冷蔵庫へしまい、作業台を片付けていると、店長が入ってきた。
「千花ちゃん、今日はもう時間だよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「何個できた?」
「16です。」
「オッケー。明日は限定販売にでもしてみるか。」
「え?」
「限定8個!って言われると購買意欲そそられると思わない?」策士の顔をした店長に、千花は思わず吹き出して言った。
「限定商品って確かに弱いかも。」
「ま、ホントは在庫がないだけだけど。」と笑いながら言う店長は、
「さぁ、さっさと帰る支度してきな。外でナイトがお待ちだよ。」と言った。千花はやっぱりそうか、と思いながら、店長に悟られないように、笑顔で頷いて荷物を取りに更衣室へ向かった。

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