花とバスケと浴衣と
千花が店から出ると、類先輩は少し申し訳無さそうな顔で近づいてきた。
「黙って来てゴメン。」
「いえ。類先輩が謝りに来てくれたって奥さんが教えてくれました。」
「オレのせいで千花ちゃんの職場に迷惑かけたのは間違いないからさ。」
「店長に何か言われました?」
「心配いらないって。変な客が来たらとっちめておくからって。それに、もう蹴られないように配置換えしたからって。」
「そうなんですよ。模様替え。素敵ですよね?」
「千花ちゃん、ホントにあの人達に愛されてるんだね。」
「ですね。」と千花が笑うと、類先輩も笑ってくれた。
「ねぇ、千花ちゃんこの後何かある?」
「いえ。もう帰るだけです。」
「ちょっと付き合ってくれない?」
「どこにですか?」
「美味しいカレーの店。」
「カレー?食べたいです。」
「そう言ってくれると思った。行こう。」笑顔で差し出された左手に、千花が戸惑うと、類先輩は?という顔をして、千花の右手を遠慮なく掴んだ。繋いだ右手を、やはり離したいとは思わない自分に戸惑いながらも、千花は、後二週間の夢だ。めいいっぱい役得を満喫しようと気持ちを切り替えた。類先輩に手を引かれながら歩き、駅近くのカレー屋に入った。店内はそこそこ賑わっていて、スパイスの良い香りが立ち込めている。
「いらっしゃいませ。」と案内に来てくれた男性を見て、あれ?この人って…と千花は思った。
「なんすか、類先輩。デートですか?」
「お前が千花ちゃんと話したいってうるさく言ってたの思い出して、連れてきた。」やっぱり33のメンバーだったようだ。千花が会釈をすると、男性はポッと顔を赤くした。案内された席に座って千花がお礼を言うと、
「どうぞごゆっくり。」と少し気まずそうな顔で男性は言った。類先輩が何故千花をここへ連れてきたのかわからなかった千花は、類先輩に聞いた。
「33のメンバーの方ですよね?」
「あぁ。覚えてた?」
「何となくですけど。」
「アイツ、千花ちゃんに会わせろってミマちゃんに吠えてたから。」
「そうなんですか…。」
「ちゃんとオレたちが付き合ってるって証拠見せとかないと煩そうだったし、それに、ここのカレーはうまいから。」
「オススメは何ですか?」千花は笑って聞いた。類先輩のオススメのチキンバターカレーと、エビのカレーをオーダーし、二人でシェアして食べた。確かに、カレーは中々本格的で美味しかった。辛い食べ物は平気かと聞かれ、千花がある程度は大丈夫だと応えると、じゃぁ今度はマーボー豆腐が美味しいお店に連れていくと類先輩は約束してくれた。傍から見れば普通のカップルのように見えるであろう楽しい会話をして、そろそろ行こうかという話になった。
「今日はオレがおごるから。」
「ありがとうございます。じゃぁ今度は私に払わせてくださいね。」
「じゃぁ今度は千花ちゃんから誘ってよ。」
「え?」突然言われて、千花は驚いた。
「千花ちゃんのオススメ店教えて。」
「オススメですか…。んー実家ぐらしだと家に帰ったらご飯があるんで、あんまり外食ってしないんですよね。」
「あぁ、そうだろうね。別にご飯物じゃなくても良いよ。千花ちゃんがどんなお店知ってるのか興味あるだけだから。」千花は少し考えて閃いた。
「類先輩、甘い物って平気ですか?」
「うん。結構好き。」
「じゃぁ今度高校時代によく行ってたお店紹介します。」
「もしかして女子高生だらけ?」
「そんなことないですけど、日曜はおやすみなんで、また今度。」
「そうなんだ。じゃぁ授業後とか行く?」
「そうですね。バイトがなくて、33の練習がない日ってありますか?」
「33の練習は気にしなくていいよ。」
「そうなんですか?」
「まぁサークルだしね。千花ちゃんは今週はバイトいつ休みなの?」
「明日と、木曜です。」
「じゃぁ明日にしよう。」
「良いんですか?」
「オレ木曜はバイトだから。」
「わかりました。」
「4限目の教室どこ?迎えに行くよ。」
「え?そんなの大丈夫ですよ。」突然何を言い出すんだろうこの人はと千花は思った。
「また千花ちゃんが誰かから嫌がらせされたら嫌だから。できるだけ一緒に居て見張っときたい。」
「類先輩、ちょっと過保護すぎますよ。そんなの大丈夫ですって。」少し呆れた笑いを含ませて千花が言うと、類先輩は納得しない様子で言った。
「牽制だよ。千花ちゃんの周りの男たちに。」
「はい?」何を言っているんだろう?この人は。
「千花ちゃん人気あるから。変な虫がつかないようにね。」
「そんな心配入らないですって。」千花が笑うと、
「でも、現にアイツは、結構本気だったみたいだけど?」類先輩は、他のお客さんの相手をしている33のメンバーを指した。
「気のせいですよ。」千花が笑うと、類先輩は少し不満そうな顔をして、テーブルに置いていた千花の左手に自分の右手を重ねた。突然の接触に驚いた千花が類先輩を見ると、類先輩はフッと笑って、手を擦るように優しく撫でた。千花は自分の頬が赤くなっていく感覚を覚えた。
「ココどうしたの?」
絆創膏が貼ってある指を撫でながら類先輩が聞いた。
「ちょっと葉っぱで切れちゃっただけです。」
「花屋さんって結構重労働だよね。」
「そうですね。まぁ冬場は水も冷たいから、ちゃんとケアしてないと、結構手はガサガサになっちゃいますね。」去年の冬の自分の手の状況を思い出して千花は言った。
「クリームちゃんと塗ってね。手繋いだ時ガサガサだとオレも痛いから。」笑いながら言う類先輩に、千花は思わず固まりそうになった。冬にはもうこの「彼女ごっこ」は終わっているのに、どうしてそんなことを言うのだろう…。されるがままになっていた左手を千花はパッと離した。類先輩は一瞬寂しそうな顔をして言った。
「そろそろ行こうか。」
「はい。」
予定通り類先輩がお金を払ってくれたので、千花は
「ごちそうさまでした。」と頭を下げた。類先輩は
「どういたしまして。」と笑うと、また自然に千花の手を取って歩き始めた。指を絡めてつなぎ直した類先輩の手のぬくもりが心地よくて、千花は戸惑いを隠せなかった。

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