花とバスケと浴衣と
エレベーターに乗ると、類先輩は大きく息をついて言った。
「ったく、とんだ邪魔が入ったね。」
「そんな言い方酷いですよ。」
「ホントにいつも勝手だから、困るよ。」
「パワフルですよね。」
「はぁ、何か疲れた。」
「そういえば、類先輩のお部屋もここなんですよね?」
「三階。寄ってく?」
「そうですね。」
「え?」
「類先輩お疲れですし、今日は私が送りましょうか?」千花が笑って言うと、3階のボタンを押した類先輩が言った。
「帰せなくなるけど良いの?」
「まさか。私は一人で帰れますから大丈夫です。」
「部屋までいったら帰さないけど。」
「じゃぁここで。」3階に着いたエレベーターが開いたので、千花は開のボタンを押して、類先輩が出るのを待った。全く出る気配のない類先輩に、千花が顔を上げると、
「千花ちゃん、何回も言ってるけどさ、オレが送らないとか有り得ないから。」
「でも、類先輩お疲れですし、ここ駅もすぐそこですし、迷う心配ないんでホントに大丈夫ですよ。」
「オレが大丈夫じゃないよ。」
「だったら、早く帰って休んだほうが良いですって。昨日寝てないんですよね?」
「それは…まぁそうだけど。」
「私を送ってまたここに帰ってくると、その分類先輩が休める時間が少なくなりますよ。だから、今日はホントにここで良いです。」千花が真剣に説得したのに、類先輩は何故か降りずに、開のボタンを押していた千花の手をとって、閉のボタンを押してしまった。扉の締まったエレベーターが一階まで降りると、少し怒った表情の類先輩が千花の手を引いて歩き始めた。
「じゃぁ駅までお願いします。」と千花が譲歩すると、
「千花ちゃんは、ホントに全然分かってない。」とため息をつかれた。何が分かっていないのかわからず、
「何がですか?」と千花が聞くと、
「オレの気持ち。」と即答された。
「そんなの分かるはずないですよ。」思わず零した千花の本音に類先輩は少し苛立った様子で噛み付いた。
「可愛い彼女とちょっとでも長く一緒にいたいと思うオレの気持ちがわからない?」
「彼女って…。」戸惑いを隠せずに零した言葉に、類先輩は苛々を増した様に言った。
「土曜までは彼女役やってくれるんじゃないの?」突きつけられた現実に、千花は心がえぐられそうになりながら、何とか笑顔を作った。
「そうですね。でも、類先輩ホントに疲れてるみたいだから、早く休んでほしいなって思って。昨日眠れなかったの、私のせいですし…無理してほしくないと思って。」類先輩は千花の手を強く引いて自分の胸に抱きしめた。ギューっと強く抱きしめられた千花は突然の行動に驚いて
「類先輩?」と胸の中でつぶやいた。
「ごめん、千花ちゃん。もうちょっとだけ。」類先輩の何か思い詰めたような声に、千花はハッとして、黙ってされるがままに抱きしめられた。まだマンションの玄関ホール内で、人の往来はないとは言え、少し恥ずかしい。でも、千花はいつもより甘い匂いが染み付いた類先輩のTシャツに頬を寄せながら、彼女役を楽しむって決めながらも、土曜以降の辛さを考えて、どこか類先輩に素直に甘えきれない自分を反省した。大好きな人にこんなにきつく抱きしめてもらっているのに、素直に喜べないなんて、どういうことだろう。こんなチャンス、もう二度とないんだから素直にありがとうって送ってもらって少しでも一緒にいる時間を楽しめればいいのに…。類先輩が抱きしめていた腕の力を緩めてしまった。
「千花ちゃん、ごめん。確かにオレ、ちょっと疲れてるみたい。」少しかすれた類先輩の声に、千花は類先輩の背中に腕を回して自分から抱きついた。千花の行動に驚いた様子の類先輩を無視して言った。
「類先輩が送るって言ってくれるのは、すごく嬉しいんですけど、こういうの慣れてないんです。一緒にいたくても、疲れてる時は無理せずに休んで欲しくて…。」
「ごめん。」
「ホントは私も類先輩ともっと一緒にいたいです。でも、今日はここまでにして下さい。じゃないと、私も類先輩がちゃんと帰れるか心配だから。」千花は恥ずかしすぎて顔が真っ赤になっているのがわかった。
「千花ちゃん。顔上げて?」類先輩の声に抱きついていた腕を放し、頬を胸から離して恐る恐る顔を上げると、先程まで苛立っていたはずの類先輩が少し困ったような表情で見ていた。
「そんな可愛いこと言ってくれる千花ちゃんのこと、ホントは帰したくないんだけど、今日は千花ちゃんの言うこと聞くよ。ごめんね。送ってあげられなくて。」千花はブンブンと首を振ると、類先輩は千花のおでこにチュッとキスをした。驚いて目を見開いた千花に、
「ごめん。可愛くて我慢できなかった。」と言って、もう一度ギュッと抱きしめると、千花を離して、
「家についたら連絡して。」と言って千花の頭を撫でた。千花が頷くと、頭にまたキスが降ってきた。千花は恥ずかしすぎて、顔を真っ赤にしたまま、ペコっと頭を下げて小走りで駅へ向かった。
ぽーっとしたまま電車に揺られ、家に帰ると、類先輩からメッセージが来ていた。
「千花ちゃん、今日はありがとう。一緒にケーキ作れて嬉しかった。ばあちゃんも喜んでくれたし、じいちゃんの花もありがとう。ちょっと困った来訪者の襲撃には参ったけど…。怒ってたのに、ちゃんとばあちゃんへのお花準備してくれてて感動した。ホントにありがとう。」
「こちらこそ、今日はごちそうさまでした。ケーキも上手く出来て、お花もお祖母様に喜んで頂けて良かったです。もう家に着きました。ゆっくり休んで下さい。」
既読にならないのを見て、さすがに眠っちゃったのかな?と思うと千花は送ってもらわなくて本当に良かったと思った。


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