私の心と夏の花火
「できないことわかるでしょ」

『……』

無言になった電話にため息が出る。
自分だってよく、仕事が入ったってドタキャンするくせに。
しかもそれで愚痴るとキレてさ。
自分のこと棚に上げて責められても困る。

「とにかくごめん。
そういうことだから」

話しているうちに駅に着いた。
掲示板で電車の時間を確認し、ホームに出る。
ケイはいまだに無言。

「ほんとごめん。
埋め合わせはちゃんとするから。
ごめんね。
じゃ」

やっぱりケイはなにも言わない。
一度機嫌を損ねると、なかなか直らなくて面倒。
またため息をつきつつ電話を切ろうとしたとき。

『……待ってる』

「え?」

微かに聞こえた声に、慌てて携帯を耳に当て直す。

『夜までかかるってことはないだろ。
フィナーレの花火くらいは一緒に見たい。
待ってる、から』

「わかった。
がんばって終わらせる」

『待ってるからな』

「うん」

珍しいケイの言葉に、電話を切ると上機嫌になっている自分がいた。

……早く仕事を終わらせて、ケイと一緒に花火を見よう。

電車を降りると人が多い。
当たり前だ、祭りのメイン会場は会社の目と鼻の先の広場。
華やかな浴衣の群を目で追いながら会社へと急ぐ。

……あーあ。
私もほんとは、あの中のひとりだったのに。

嘆いたところで仕方がない。
途中のコーヒーショップでアイスカフェラテを自分の分だけ買いかけて、もう一つ追加した。
紙袋を片手に会社に着くと、ちょうど電話の終わった大竹課長の、レンズの奥の瞳と目があった。

「悪いな、ほんと。
予定があったんじゃないのか?」

目尻が下がって苦笑い。
三十過ぎの男性に失礼だが、黒メタルフレームのいかにもいかにもできる男な、課長の見せるその笑顔は可愛くて。
そのギャップがちょっと好きだったりする。

「いえ」

足早に自分のデスクに行ってパソコンを立ち上げる。
椅子に座る前に、課長の机の上に買ってきたアイスカフェラテのカップを置いた。

「よかったら」

「ああ、悪いな。
気、遣わせて」

「いえ」

そのまま、また電話で話し出した課長に、カフェラテを飲みながら指示を待つ。
話している内容からして、今日の祭りに出展している取引先企業がどうも、やらかしたらしい。

「T社さん、予想してたより反応がよくて、サーバーパンク。
そのあおりを喰らってメインシステムもダウンだってさ」

苦笑いの課長に思わずため息が漏れる。
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