私の心と夏の花火
「こうなることがわかってたから、何度も大竹課長が進言してたのに、聞かないからですよ」

お祭りの最中、携帯ゲームと連動した商品のキャンペーンを計画していたT社。
システム設計やなんかを請け負っているうちとしては、T社の出してきた見積もりは甘く、課長は嫌がられることも覚悟で結構厳しいことを言っていたけれど受け入れてもらえず。
そして、予想通りの結果。

「文句言っても仕方ない。
……できるな?」

「はい」

私はパソコンに向かい、一心不乱にキーを打ち始めた。

「おわっ、たー」

順調に動き始めたシステムに、大きく背伸びした。
さらに凝り固まった肩をほぐすように回す。
口をつけたカフェラテのカップは、すっかりぬるくなったうえに、溶けた氷で薄くなっていた。

「お疲れさん」

同じように首を左右に曲げている課長に苦笑い。
窓の外はもう、真っ暗で……。

「えっ!
いま、何時ですか!?」

慌てて鞄から携帯を出そうとした瞬間。

――ひゅーっ、ドーン。

窓の外に咲く、大きな花。

「うそ……でしょ」

駆け寄った窓の外では次々に花火が上がっている。
きっとケイは完全に怒っている。
手の中で震える携帯に身が竦む。

「もしも……」

「……行かせるわけないだろ」

不意に、耳元で声が聞こえた。
かかるはずのない吐息。
私を抱きしめる、体温。

『花澄?
どうした?
花澄?
おい、花澄って……』

反対の耳から聞こえる、機械を通した声。
私は固まったまま、どちらの声にも応えることができない。

「切れよ、携帯」

「……」

「……」

『花澄、花澄って。
おーい、……』

――ぴっ。

私の左手から携帯を奪い、そこから聞こえている声を無視して課長は携帯を切った。
ごん、一瞬あとに聞こえる、床に物がぶつかる堅い音。
再び鳴り出した、着信音。

「出なくていいのか?」

くすり、微かに愉悦を含んだ課長の声。
動きたくても課長は腕をほどいてくれない。

「はな……!」

動く首だけで振り返り、抗議しようとした……瞬間。
私の言葉を遮る、課長の唇。

「離すわけないだろ」

課長の右の口角だけが上がる。
いままで見たことない、男の面の、顔。
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