次期国王は独占欲を我慢できない
番外編
 初春の穏やかな風に吹かれ、ラウルは上機嫌で馬を走らせていた。

「おい、あまり飛ばすな!」

 後ろからマルセルの声が聞こえるが、それは諌めるものではなく、内心呆れているといったところか。
 十五歳になり、遠乗りの許可がやっと下りた。さすがに、マルセルの遠征について行くと言った時は反対されたが、なんとかこうして来ることができた。
 父のことは心から尊敬しているが、偉大であるが故におのれの小ささを感じ、時折息苦しく感じる。
 両親の期待に応えようと剣や乗馬、勉強も頑張ってきたが、いつしかそれが本当の自分なのか疑問を持つようになっていた。
 決まった時間に起き、いつもの面々と剣を交え、昔からの家庭教師に学ぶ――どんどん“自分”が他の者の手で作られていくようで、なんとも気持ちの悪い感覚だった。

「風が気持ちいい」

 こんな感覚は久しぶりだった。
 途中、宿に泊まりながらの遠征は、当然のことながら起きる時間も違えば、いつも顔を会わせる人物もいない。たったそれだけのことで、こんなにも気分が違うものかと、ラウルは驚いた。
 つかの間の自由だった。
 とはいえ、実際はマルセルの監視下にあるのは分かっている。
 ふと、ラウルの頭にひとつの考えが浮かんだ。

(今ここで、マルセルの視界から外れたらどうなるだろう)

 ほんの少しの抵抗だ。ちょうどこの地は、国境からも離れたのどかな牧草地帯だ。ラウルは、坂を下りマルセルが視界から消えた一瞬をついて、馬の腹を強く蹴った。
 頬を撫でる風が強くなった。馬はどんどん速度をあげ、今度はなだらかな坂を駆け上がる。
 どこに行こうとか、なにをしなければならないとか、そんな事は関係なくただ風をきって走るのは初めてだ。
 マルセルの乗馬の腕ならばすぐにでも追いつきそうだが、そんな様子はない。もしかしたら、マルセルも気を使ってひとりにしてくれたのかもしれない。見透かされているようで悔しいが、同時に優しさも感じる。遠征に帯同することに反対していた父を説得してくれたのもまた、マルセルなのだ。
 結局は、本当の自由など無理なのだ。
 そんな諦めを、頭を振って追いやると、ラウルは馬の軽やかな足取りに身を任せた。

「ん?」

 遠目に見えた建物の二階の窓から、なにかがたなびくのが見えた。

「危ない!」

 ラウルは手綱を引き、強引に進行方向を変える。急な方向転換に身体が一瞬振り落とされそうになったが、なんとか馬の首にしがみついて耐えた。
 急いだ先には、建物の二階から飛び降りようとしている少女の姿が見える。
 大きく開いた窓からたなびくのは、少女のスカートだ。

「待て! 早まるな!」

 大声に驚いた馬が反応するのを押さえ込み、更に腹を蹴った。
 ラウルの声は少女には届かなかったのか、少女は窓から完全に外に出てしまった。窓枠に足を乗せ、細い手で壁を這う蔦を掴んでいる。

「危ない!! よせ!!」

 思い切り叫ぶと、驚いた馬が暴れた。
 あ、と思った時には、もう強かに背中を打ち付けて、地面に転がっていた。
 遠くから、ピーと指笛が聞こえる。
 興奮した様子だった馬は、その音を聞くと一瞬で落ち着き、落馬したラウルを置いて来た道を戻ってしまった。

(マルセルが呼び戻したんだな……)

 道理で、追って来ないわけだ。
 あの馬は、指笛で主の元に戻るように調教されていた。振り切ったつもりで、結局はマルセルの手の平で転がされていた。
 あの少女を助けることもできなかった。ラウルは、自分の無力さに目を閉じ、深くため息をついた。

「あの、大丈夫ですか?」

 声に驚き目を開けると、眩しい程の青空を背に、その少女がこちらを覗き込んでいる。

「え!? 君、どうして!?」
「どうしてって……、あなたが馬から落ちたから、私びっくりして。誰か呼んできましょうか?」

 人を呼ばれるとマズい。自分が皇太子だとバレては色々と面倒だ。ラウルは少女の申し出を手で制した。

「いや、僕は大丈夫。後ろから、その……人が来るから」
「そう、なら良かったわ。私ちょっと急いでいるから」
「ま、待って。君、二階の窓に居たよね? どうやってここに来たの?」
「やだ。見てたの? ちょっと、蔦を使って下りただけよ」

(あそこから蔦を伝って下りた? 嘘だろう?)

「なぜそんな危険なことを! 君は監禁でもされているのか?」
「監禁? まさか。あの……ちょっと、お勉強の時間を抜け出しただけ」
「そんな危険な行為をしてまで?」
「だって、うちの馬の出産が近いのよ。気になって勉強どころではないの」
「だからって……」
「ねえ、本当に大丈夫なら、私もう行っていいかしら?」

 そうキッパリと話す姿が、ラウルにはとても自由に見えた。自分よりも幼い少女が、自分の意思で大胆に行動している。

(僕は今まで何をしてきたんだろう)

 ただ、決められた道を歩くことしかしていない。そんな中でほんの少し自由を楽しんだつもりでも、結局それは大人達が作った囲いの中だ。
 自分が周りに作り上げられるような感覚が嫌だったのに、そこから抜け出そうという努力もしたことはない。嫌だと思いながら、結局は仕方のないことだと諦めていた。

(僕は、一体どんな人間になりたいんだろう)

「ねえ、あなた本当に大丈夫?」

 小さく頷くと、少女は「じゃあ、行くわね」と立ち上がろうとした。
 ラウルはその手を思わず掴み、少女を引き留めた。

「なあに? どうしたの?」
「いや、あの……僕は、一体どんな人間なんだろうか」

 突然の質問に少女は面食らった様子を見せたが、すぐに唇をキュッと結んだ。

「分からないわ。あなた、どうして自分のことが分からないの? どこから来たの?」
「いや、僕は……ええと……。君はどうして、馬の出産が気になるの? 勉強が終わってからでもいいだろう。勉強は、しておいた方がいい」
「あなた、大人みたいな事言うのね。確かに勉強は大切だと思うわ。いずれ私の役に立つんだろうし。でも、ローサ……馬の名前なんだけれど、私はローサを選ぶわ」
「どうして?」
「愛しているからよ。勉強は私を好きになってくれないけれど、ローサは私を愛してるし、私もそうだから」

 少女の口から出た言葉に、ラウルは目が覚めた気がした。

「ねえ、私、本当に行くわね」

 ラウルの手を振り払うように立ち上がった少女は、振り返ることなく厩舎に急いだ。
 取り残されたラウルは、遠くなる背中をただ見送る。

 そんなラウルを、彼の馬を従えたマルセルが、少し離れたところから見ていた。

 ラウルが王宮から抜け出すようになったのは、この遠征から戻ってからのことだった。
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