ママの手料理
身体を横に捻って、問題の右手をこれ見よがしに動かしてみせる琥珀。


彼の右手はいつもの様にだらんと垂れ下がっていて、ほとんど力が入っていないようだった。


強いて言うなら、ただ体に付いているだけの大きな物体というところか。


彼の右手は形だけ右手で、そこにある意義は全くない。


だから、彼は今日のパンケーキも素手で食べていたのだろう。


あれは決して新スタイル等ではなく、ただただ右手が使えないからだったのだ。


それでも、彼がいつも利き手ではないはずの左手で上手に箸を使えたり、ペンを持ってスラスラと字を書ける事を私は知っている。


琥珀の事だ、右手が動かないと分かってから絶対に一度は自分と相手に対するどうしようもない怒りと悲しみを誰かにぶつけて発散しようとしたかもしれない。


それでもきっと、彼の相手に対する怒りは全く鎮まってなんか居ないはず。


「…見つけ次第殺す。俺の右腕はもうゴミだ、つまり俺の右腕をこんなにした奴もゴミ同然だ」


自分の右腕を恨めしそうに睨みつけながらそう言葉を発した彼からは、警察官とは思えない程の強烈な殺気が感じ取れた。


そしてそれは恐らく他の人も同じで、湊さんは苦笑いを浮かべ、大也に至っては鳥肌が立ったのか長袖のパーカーの上から必死に両腕をさすっていた。
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