ただ愛されたいだけなのに


 はぁ……今すぐに辞めちゃいたい。立ち振る舞いまで指示されて、お皿を置く時の身体の角度まで指示されちゃたまんない。それに、すごく忙しい。

 身体の向きを変えてふと入り口のドアを見ると、長い黒髪の女が立っていた。
 わたしは慌てて起き上がり、テーブルからずり降りた。いつからそこにいたんだろう。
 ごまかすようにロッカーを開けて探っていると、女がすぐ隣に立った。

「あなた、新人?」
 初めて聞く声だけれど、彼女が不機嫌だってことがすぐにわかる。
「そう、ですけど……」

 女はわざとらしくため息を吐くと、おもいきり冷ややかな目で見下ろしてきた。
「名前を教えていただけますか? 新人様」
 うーわ、嫌みな言い方。
「……斎藤夢です」
「斎藤さん、ね」女はテーブルの椅子をひいて、座るように示した。「わたしは田端景子」
 きっとわたしは『端』がつく名前の人には、嫌われる運命なんだ。
「ここでは——というより、一般常識を教えてあげるわね。テーブルには足を乗せちゃいけないわ。ということはわかる? 手以外を乗せちゃいけないのよ」
 わたしはヘラヘラ笑顔を浮かべて頷いた。この人って、頭からじゃなくて、口から先に地球に生まれたんじゃないのかな。それかわたしと同じで唇から産まれ落ちたのかもしれない。





< 19 / 167 >

この作品をシェア

pagetop