ただ愛されたいだけなのに


 経営者で、店を二つも持ってる人に手料理を作ってもらうことって、この先ある? わたしは初めての経験に興奮しながら、一口も残さず変な名前の美味しい料理を完食した。

「ずいぶん寒くなったなぁ」店を閉めて、暗くなった空を見ながら白田が言った。「予防注射はしっかりするんだぞ」

「はぁ……」
 白田は見た目の割りに、言うことやすることがオヤジくさい。アメリカン・ムービーの冴えない父親みたいだ。

「どうした? そのおっさんを見るような目つきはやめてくれ」白田がまた笑う。
「おっさんって……いくつなんですか?」
「いくつに見える?」
「うわ、出ましたそれ。そういうのって、見た目より十は若く見積もらなきゃいけないんですよね」
「言ったなぁ」白田がわたしの髪をクシャクシャに撫で回した。「俺はギリギリ二十八歳です」
「え⁉︎ それは嘘ですよね」
「気持ちは十八歳だよ」
「はは……じゃあわたし帰ります」

 わたしは半ば逃げ足で店を後にした。なんだか足が軽い。気分が浮ついてるのが分かる。

 家に着いてからも、気持ちが暗くならなかった。いつもなら、誰もいない静かな部屋は耐えきれないのに。けれどそんないい気分も、スマホを確認するまでだった。正紀から何一つメッセージが届いていないのを確認すると、気分は一気に最底辺へ、部屋は不気味に真っ暗に感じた。

 今日はもう寝よう。そう思ってシャワーを浴びてベッドに入っても、目を閉じることができない。代わりにスマホの画面ばかりを見てしまう。正紀といると、辛くて寂しいことばっかり——。


 
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