この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 もう嫌だ。
 食べても食べなくても吐きそうだし、いつ気持ち悪くなるかも分からない。

 ただの女子高生だったはずなのに。

 じわりと目頭が熱くなる。鼻の奥がツンとする。
 グスン、と鼻をすすった。


「どうした?辛いか?」


 いつの間にか眉間に皺を寄せて、ローデリヒさんが私の顔を覗き込んでいた。穏やかな海の色が心配そうに揺れる。
 もう嫌だった。我慢出来なかった。

 私は結婚も、妊娠もした覚えがないのに、いつの間にか妊娠していて、その上こんなキツくて。
 いきなり子供を産めって、そんなの出来るわけがーー私に母親としての自覚が芽生えるわけがない。

 ローデリヒさんがそんな悪い人じゃないって知っていても、止められなかった。

 キッチリ着ていた彼の丈の長い上着を掴みながら上体を起こす。私の行動が予想外だったのか、彼は僅かに目を見開いた。


「もうやだ……」
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