この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
「どこにやったの?アロイス(・・・・)を!!」


 その瞳はローデリヒを捉えてはいない。ローデリヒの存在なんか目に入らないというように。


「母上……?僕はここにむぐっ」


 自分はここにいる、そう言おうとした口は侍女に塞がれた。子供ながらに鍛えていたローデリヒには、容易く振り解けるような力で。

 だから、振り解こうとしたのだ。
 何度も何度も母親へと向かおうとするのを阻む侍女を腹立たしく思いながら、頭一半ほど高い侍女を睨めつけ半分で見上げる。

 そして侍女と目が合った瞬間、ローデリヒは頭から冷や水を浴びたかのように、全身の怒りという感情が、熱が引いていった。

 侍女の瞳が俯いた拍子に暗く映る。でも、痛々しそうに、憐れむように歪められていたのをローデリヒは見た。

 普通じゃない。
 王子であるローデリヒに、そんな瞳を直接向ける人はいなかった。ローデリヒを可哀想な顔をして見る者などいなかった。いなかったからこそ、ローデリヒにとっては異端に映った。

 抵抗のなくなった子供を移動させるのは、侍女でも容易かったのだろう。べティーナの部屋から引きずり出されたローデリヒは、近くの別の侍女へと引き渡された。途中からローデリヒを迎えに来た衛兵に囲われながら、べティーナの部屋から離される。
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