この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】

ばけものたち。(他)

 時は遡り――一日前、アルヴォネン王国。

「ずっとずっと探していたんだ」

 夜の闇を切り取った黒髪を項でひとつに括った青年は眼下を見下ろした。アメジスト色の瞳は、本物よりも爛々と煌めいている。まるで、野生の動物が獲物を見つけたように。

「やっと、会えるね」

 すっと目を細める。
 愛しい恋人にでも捧げるかのような言葉を吐きつつ、態度は見事に裏切っていた。それもそのはず、ルーカスの見つめる先にはら崖を背にした屋敷があるのみ。それも森に囲まれてひっそりと建っているような、古めかしい屋敷だった。

 隣で聞いていたティーナは挑戦的な笑みを浮かべる。

「あら?反逆者がいるって決まったわけじゃなくってよ?ルーカス」

 切り立った険しい崖の上には不釣り合いなドレス姿――それでも王城の普段着よりは簡素だが――で。吹き上げてくる風に銀髪が大きく煽られていた。

「水を差さないでくれよティーナ」
「嬉々として乗り込んで、ハズレだったら虚しいわ」
「そうなんだけどね」

 毒気が抜かれたように深々と息を吐きながら、ルーカスは上着を脱ぎ捨てる。やや乱雑気味に胸元のクラヴァットを解いて、軽くワイシャツの袖を捲った。
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