芦名くんの隠しごと



何も聞こえなかったフリをしておけばよかったのに、うっかり気になってしまった私は、そろりそろりと声が聞こえた方へ向かう。


…たぶん、ベランダの方。


普段、学校のベランダは立ち入り禁止なのに、なぜかドアは鍵が開いていて。


そこでちゃんと「危ない」ってわかっていたのに、好奇心には勝てなくて。


何年か前まで護身術を習ってたし、大丈夫……と、少し甘く見ていたんだ。


ベランダのドアまでおよそ1.5メートル。


不意に物音がした。靴が擦れるような音。


それだけでなぜか怖くなってしまって、足が動かない。


「──誰だ」


低くて落ち着いた声。


決して怒っているような声色じゃないのに、その声は私の恐怖心を煽って。


「あ……」


忘れ物を取りに来たこのクラスの生徒です、怪しい者ではありません……そう言いたいのに、声がうまく出てこなくて。


それがかえって、相手の警戒心を強めてしまったみたいで。


< 3 / 279 >

この作品をシェア

pagetop