私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

 帰りも行き同様、三人は転移の呪符で瞑の穴蔵へと帰った。
 各国の王宮には元々、転移の呪符が密かに張ってあるのだ。それは、先祖代々が雇われていた時に残して行ったものだった。
 それを雪村は、怠輪国の穴蔵にある手記を読んで知った。

 いつなんどき、自分たちの望みが果たされるかも知れない。そんな願いと、命を狙われる危機感を持って張られて行ったものだった。

 今更ながらに、間空が口をすっぱくして読めと言っていた意味を理解して、雪村は昔の自分を殴ってやりたい気になった。
 だが同時に、そんな事なら言ってくれれば良いのにと、間空を恨めしく思ったが、言われたとしても、こんな事にならない限り、自分が読むはずがない事はすぐに悟った。

「お帰り!」
 三人を迎え入れた一族の者達は、不安と期待の入り混じった瞳を向けた。
「捕らえられた一族はすぐに解放するって! 今日からでも、クラプションに戻って良いってさ!」

 明るく告げられた雪村の一言に、一族は歓喜に湧いた。だが、それは悲喜でもあった。今回の事で、犠牲になった者達は少なからずいるのだから。

「なんで、僕を助けたんですか」
 喜ぶ一族の裏で、リンゼはゆりに尋ねた。

「僕が王に証言する。そうすれば、アンリを助ける。そういう話だったはずでしょう」
 険のある目で睨み付けたリンゼに、ゆりは茶目っ気たっぷりな笑顔を向けた。

「ごめんなさい。リンゼさんを目覚めさせる前にアンリさん、もう目覚めさせてたんですよ」
「はあ!?」
 リンゼは目を丸くした。

「本当はリンゼさん最初に治癒してみたんですよ。でも、目覚めなくて。手掛かりが欲しくて、アンリさんにもやってみたんです。そしたら目覚めたんですよ」
「そうなのか」
「はい。で、その後もう一度試してみたんです。そしたら、今度は起きてくれたんですよ、リンゼさん。まるで、アンリさんが起きるまで待ってたみたい」

 ゆりはからかい半分、ロマンチック気分半分に言って、リンゼは照れたように僅かに眉を寄せる。

「そうそう。リンゼさんに協力させろって提案してくれたの、アンリさんなんですよ」
「マジかよ」
 リンゼは、驚きと共に悔しそうに呟いた。

「今頃きっと、もう職場に復帰してますよ」
「なんなんだよ、あの女!」
 悪態ついたリンゼに、ゆりはからかうような笑みを向けた。

「階段から落ちる時に自分を庇ってくれたことで、リンゼさんが自分を好きなんだって気づいたんだそうですよ。首も途中で絞めるの止めたみたいだし。でも酷い目に遇ったお返しに今回の計画をたててくれたみたいです」
「……」

 ばつが悪そうに眉を顰めたリンゼに、ゆりは微笑みかけた。

「でも、死罪にならないようにしてあげて欲しいって、アンリさん、私達にお願いしたんですよ。リンゼさんがあのまま或屡の仲間だったら、リンゼさん死んでたかも知れないんですから。アンリさん、リンゼさんの事も助けたかったんだと思いますよ」

「だから僕を庇ったのか」
「それもありますけど。雪村くんが、リンゼさんがアンリさんを庇った時に、あんな風になりたいって言ってたから」
「え?」

「雪村くん、多分あなたの事好きなんですよ。憎む気持ちもあると思うけど。優しい人だから、自分以外の誰の事も憎みきれないんだと思う。だから咄嗟に庇ったんだと思うんです。雪村くんが庇わなかったら、多分私は口出さなかったと思う」

 そんな自信ないけど――と、心の中で思って、ゆりは笑った。
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