私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

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 街に降りたゆりは今日はどこに行こうかと、きょろきょろと辺りを見回した。
 メインストリートはあらかた回ってしまったし、雪村からお金は預かっているものの、使う気にはなれないので、カフェでお茶やショッピング巡りというのも出来なさそうだ。

 見るだけショッピングという手もあるが、何度かやれば飽きてしまうし、やはり買えないとなるとむなしい。

「しょうがない。ぶらぶらと散歩でもするか」
 ゆりはため息交じりに呟いて、メインストリートから外れると、住宅地を目指した。

 クラプションでは、南の地区に高級住宅地が建ち並び、反対の北の地区には一般から貧民層の住宅地となっていた。

 一般までは行っても良いが、所謂スラムと呼ばれるところには行かないようきつく言われていたので、ゆりは高級住宅地へと足を運ぶことにした。

 なだらかな坂を上って行くと、おしゃれなマンションが見え始めた。
 五階建ての建物で、石壁にあるアーチ型の窓の手すりが鉄製の格子模様で、端々に葉のデザインが施されていて、そこに花のプランターを置いてある部屋もある。

「素敵なマンションだな」
 ゆりは見上げながら呟いた。坂を上りきると、その先にもまだなだらかな坂が続いていた。
「ん?」

 坂の途中、ちょうど中腹辺りのマンションの前に、クーペを乗せたドラゴンが目に留まった。どことなく気品を感じさせる佇まいだ。

 喰鳥竜に似ているが、赤い鶏冠がついていて、喰鳥竜が羽が短いのに対し、このドラゴンは羽が長く、飛ぶ事が可能なようだった。その羽には、赤い線が入っていた。このドラゴンの名称は、朱喰鳥竜(シュジキ)というらしい。前に結と街へ下りた時に教えてもらっていた。

 ゆりはドラゴンの横を通りながら、御者台を覗いたが、そこには人はおらず、クーペの中にも人はいないようだった。
 わくわくと胸を高鳴らせながら、朱喰鳥竜を通り過ぎた。

「高級そうだなぁ。映画に出てくる馬車みたい」
やっぱり貴族とか、紳士とかが乗ったりするんだろうか。そう思いながらゆりはふと後ろを振り返った。

 すると、御者らしき人物と、ビシッとしたスーツを着こなした紳士がマンションから出て来るところが目に入った。
「やっぱりお金持ちか」
 ゆりは推理が当たったと、得意げに笑んで向き直った。
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