私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

 ゆりは、気持ちを落ち着けてから、雪村を探しに行く事を決めた。
 聖堂を出て、雪村が行きそうな場所を探そうと思ったが、思い当たる節がなかった。

 今まで雪村に逢うともなれば、雪村(あっち)からやって来て、話なり、出かけるなりしていた事をふと思い出した。

(そういえば、私このクラプションに着てから、自分から雪村くんに逢いに行ったことないかも……)

 雪村がいつも自分を気にかけてくれていた事を実感して、ゆりの胸はほわりと温かくなり、ふと微笑が漏れた。

「でも、雪村くんの行きそうな所も人に訊かなきゃ分かんないなんて、私って、もしかして雪村くんのこと、何も知らないのかも」

 ゆりはぽつりと呟いた。
 切ない気持ちが胸を過ぎる。だが、だからこそ、もっと知りたいとも思う。

 ゆりは聖堂を出て、聖堂を外から眺めた。聖堂はセンブルシュタイン城に隣接して建っている。隣の城と比べれば小さいが、荘厳な印象を与える外観だ。その反対側には植木があり、人一人が通れるくらいの通路があるが、そのすぐ隣はもう石垣になっている。

「よし!」
 ゆりは気合を込めて呟いて、聖堂から目線をセンブルシュタイン城へと移した。

 ゆりは城の中へ入ると、雪村、もしくは廉抹か間空を探して歩いた。間空は自室にいる事が多かったが、戻ってすぐに覗いてみると、留守にしていたようで猫しかいなかった。

「そういえば、オヤジさんしばらく見ないな……。どこ行ってるんだろう?」

 独りごちて、扉を閉めた。
 暫く探して廊下をさ迷い歩くと、見慣れた赤い髪が廊下の先に見えた。

「廉抹さん!」

 ゆりが遠くから呼んで駆け寄ると、廉抹は振り返って、若干怪訝な表情を浮かべた。

「あの、雪村くん見ませんでした?」
「ああ。お見かけしましたよ」
「どこで?」
 嬉々として尋ねたゆりの後方を、廉抹は淡々と指差した。

「あなたの後ろで」
「え!?」
 驚いて振り返ると、廊下の角に隠れるように雪村がこちらを覗き見ていた。

「雪村くん!」
 ゆりが声高に叫ぶと、雪村は焦ったように駆けだした。

「あなたが駆け寄ってくる前から、あなたの後ろで様子を窺っていたようでしたけど――」
 ゆりは廉抹の言葉を最後まで聞き終わらないうちに駆け出して、雪村を追った。
「ありがとうございました!」

 走りながら後ろを振り返ると、廉抹は軽く手を振った。
 ゆりが目線を前に戻したときには、雪村はもう遥か前を走っている。

「ちょっと待ってよ! 逃げないでよ!」
 あらん限りに叫んだが、雪村はぐんっとスピードを上げた。
 ゆりが廊下の角を曲がったときには、もう雪村の姿はなかった。

「もう、なんなの、へタレー!」
 思いっきり叫んだ声が、廊下を響いて木霊する。

 真っ直ぐに伸びた廊下の先には誰の影もない。ということは、廊下の途中にある角を曲がったという事だ。ゆりは丁字路に立った。

 ゆりの視線の先には、真っ直ぐに伸びた、光の溢れる廊下が広がっている。ゆりのお気に入りの、玄関へと続くステンドグラスの廊下だった。
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