何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】

「…。」
「天音。」
「え?」

辰の夕日に照らされた顔が天音の方へと向き、どこか寂しそうに少しだけ微笑んだ。

「ジャンヌが最後に君に伝えたかった言葉…。」
「…。」
「天音。君に生きてほしいと…。」

『生きて!天音ーー!』

天音はその言葉に何故だか、瞳を伏せた。

「すまなかった。もうこれ以上は何も言わない。」

まるで自分の子供を見守るような、辰の優しい瞳が、天音の後頭部を見つめていた。

「辰さん…。」

天音はゆっくりと顔を上げて、そんな辰の方へとまた視線を戻した。

「これ以上君を困らせるわけにはいかない。…そんな事したら、ジャンヌに怒られるしな。」

そういって辰は、彼女が眠るその墓の方へと、そっと笑いかけた。
その目は、天音が今まで見た中で、一番優しい目だった。
彼がそこに眠る彼女を、どう思っているのかは、その眼差しで、簡単に理解できる。

「これを…。」

そう言って辰は、自分の首にかかっていた十字架のペンダントを外し、天音の前へと差し出した。十字架の真ん中には、夕日のように赤い、綺麗な石が埋め込まれていた。

「え?」
「このペンダントは、ジャンヌの形見だ。」
「え、でも…。」
「君に持っていてもらいたいんだ。」

辰がそれを大事にし、肌身離さずに身につけていたのは、天音にも容易に想像できる。
天音は、ここにはもういないそのお墓で眠る彼女を、まだ母親だとは認めてはいない。
そんな自分が、辰が大事にしていた物を、簡単にもらうわけにはいかないと思っていた。
しかし、辰はそんな天音に、有無を言わさず、そのネックレスを彼女の手の中へと無理矢理握らせた。

「君に会えてよかった。」

辰はそう言って、天音に背を向けた。まるでそれが最後のように…。

「あの!私が捨てられたのは…。」

天音はその大きな背中に向かって、思わず叫んだ。


「魔女の子供だって言われないように…?」
「…。」


辰は一瞬足を止めたものの、その答えが返ってくることはなかった。


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