私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
* * *
花野井は酒に浮かれていた。
わいわいと大勢で騒ぎながら飲む酒は、やはり楽しいものだ。嫌な事も全部忘れさせてくれる。
しかし、胸の片隅で、埋められない小さな穴があった。そんな寂しさをどこかで感じながら、花野井がふいに視線を移動させると、ゆりがお猪口に口をつけるところだった。
花野井の目線はゆりから隣の男へと瞬時に移った。
男の持っていた酒瓶が目に入る。と、一瞬、固まり、次の瞬間慌てて駆け出した。
「嬢ちゃん!」
上げた悲鳴と同時にゆりは昏倒して、床に倒れた。
「おい! テメェ!」
花野井は、ゆりの近くに立っていた男の胸倉を掴んだ。驚く男に怒声を張り上げる。
「それ一番強い酒じゃねぇか!」
「え?」
男はぽかんとし、次いで慌てて自分の酒瓶を見る。
「あっ! すまない! 間違えた!」
男が持っていた酒瓶は二つ。一つは甘い混成酒。
果酒(かしゅ)と言って、りんごに似た果実の甘さと香りが特徴で、アルコール度数はきわめて低い。
一方で、もう一つの酒瓶は、火果酒(ひかしゅ)と言って、苦味が特徴の蒸留酒で、アルコール度数は極めて高かった。
花野井は呆れ果てたようにため息をつき、男の胸倉から手を離す。
「すまない」
男はなお、すまなそうに頭を下げた。
わざとではなかった事が判り、花野井は「良いって」と小さく言って、ゆりを抱え上げた。
花野井は小さくため息をつきながら、すっかりゆりの存在を忘れていた自分を反省した。
ふと店内のウロガンドを見ると、深夜と呼べるには、少しばかり時間が足りないようだった。
「約束の時間まではちょっとばかしあるが……行くか」