私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

 * * *


 わいわいと騒がしいお店の隅っこで、私は膝を抱えて丸まっていた。
 眼の前では、アニキがお酒の入った酒瓶を片手に中年男性と肩を組んで、体を横に揺らしながら笑い合っている。
 二人の前には「わっはっは」と豪快に笑いながら、取っ組み合いを始めたり、熱唱したりしている人が何人もいた。

 お酒を飲み始めたアニキは、すぐに他のお客さんと意気投合したから店に入ってから三十分も経たない内に私は騒がしい店内に一人っきりにされてしまったのだ。
 正直、好い気はしない。
 
 これがデートだったら、アニキは翌日には振られてるわ。
 アニキってもっと人に気を使える大人な人だと思ってたけど、お酒が絡むとそうはいかないみたい。

(お酒って、そんなに良いものなの?)
 私は若干むくれながら、テーブルに置いてある空の酒瓶を軽く持ち上げた。

「お嬢さんも飲んでみたら?」
「え?」

 突然飛んできた声に振向くと、私のすぐそばに男の人がいた。さっき熱唱していた人だ。彼は二本の酒瓶を手に持っていた。

「でも、未成年ですし」
「未成年ってなに?」
「え?」

 もしかして、この世界って未成年って言葉ないの?

「えっと、お酒っていつから飲んで良いんですか?」
「いくつもなにも、自分で判断できるようになったら飲んで良いんだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ」

 男性は驚いたように言って、「もしかして、キミ箱入り娘かなんか?」と、おかしそうに笑った。
 そっか。この世界では未成年って価値観はないのか。
 でも当然、子供と大人の境はあるよね?

「じゃあ、子供っていくつくらいまでですか?」
「キミ変な事訊くねぇ。そうだなぁ……十二,十三ってとこじゃないの?」
「え!?」
 じゃあ、私子供じゃないの?
「驚くような事?」
「じゃあ、成人っていくつくらいですか?」
「う~ん。そこは国によってまちまちだなぁ」

 男性は考えるように腕を組んだ。

「爛では十五になれば立派な大人だけど、隣国の岐附では十七,十八だって聞いたことがあるなぁ……。そういえば、美章も十五かそこらで成人だって誰かが言ってたな」

 じゃあ、この世界、少なくとも爛、美章じゃ、私も大人の仲間入りなんだ。ってことは、爛ではお酒を飲んでみても良いって、ことだよね。
 アニキをチラリと見ると、アニキは陽気に笑っていた。
(この後、国境を越えなくちゃいけないけど、一口くらいなら支障はないよね? よおし! 私も飲んでみよう!)

「お? 飲む気になった? じゃあ、これをあげよう」

 男性は私の気合を汲み取って、自分の持っていた酒瓶の一つをお猪口に注いだ。なんのお酒かは分からないけど、恐る恐るお猪口に口をつけた。

「ぐび」

 苦味が舌を痺れさせ、カァっと熱いものが食道を通った気がした。続いて、消毒薬の香りが洟を抜ける。

「――マッズい!」

 言葉を発した途端、眼の前が回った。
 ぐらっと店が回転し、むっとした気持ち悪さがこみ上げて、そして私の視界は黒く染まった。
 遠くの方で、アニキの慌てた声が聞こえた気がした。

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