私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

 * * *

 花野井さんと呼んだ私を、彼は驚いて、悲しい眼をしたけど、次の瞬間笑顔を向けた。手を伸ばしかけて、私の頭に触れる寸前で、その手を止めた。振り切るように笑って、花野井さんは仕事に出かけた。

 それから一週間後、鉄次さんが尋ねてきた。

「ゆりちゃんのおかげで、なんかみんなスッキリしたみたいよ。ありがとう」

 開口一番でお礼を言われ、私は目をぱちくりさせた。

「え? いや、いや、そんな! 私は何もしてないと思いますけど」
「ううん。そんな事ないわ。ゆりちゃんが、柚を語るきっかけをくれたんだもん。私たち今まで、死者を語るってことをしてこなかったのよね。だけど、気持ちを整理するためには、必要な事だったのよ」

 鉄次さんは明るく言って、続けた。

「亮もちょっとだけ、すっきりしたような顔つきをしてたわ」

 安心したような声音に、私の気持ちもどこか明るくなった。
 鉄次さんはそれだけ伝えると帰っていった。玄関でお見送りして、部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、不意に、廊下の角からメイドさんの紺色の羽織がひらりと見えた。

 ギクリとして、足が止まる。一瞬、鈴音さんの顔が過ぎった。鈴音さんじゃないと分かっていても、体が硬直した。
 私は、震える胸を擦った。
 
 いまだにメイドさんの着物を見ると、あの時の恐怖がよみがえってくる。肉体の傷は治ったけど、心の方はまだダメそうだった。
 私は翌日から、護衛をつけてもらい、毎日のように、町の中や外に出かけた。心が怖気づく前に、行動に移してしまいたかった。

 はじめは、鈴音さんに似た人を見るたびにビクついたけど、一ヶ月も経てば落ち着いていられるようになった。
 護衛がついているという、安心感もあったからかも知れない。

 町の外はまだ危険すぎるので、あまり許可はもらえないけど、信頼できる護衛の人、例えば、鉄次さんとか、月鵬さんとかが就く日だけは許された。

 花野井さんが、護衛についてくれる日はなかった。
 私もそれを望まなかったし、彼もなんとなく察していたんだと思う。
 町の中や町の外に出るたびに、私は帰る方法を探した。
 誰かに尋ねたり、図書館で調べたり、竜王機関なる秘密組織について調べたりもしたけど、全然当てがなかった。

 たまに、危険な目に遭ったりもした。強盗に襲われかけたり、人攫いの現場に遭遇したり。月鵬さんや、鉄次さんや、護衛の兵士がいなかったら、危なかった。本当に、彼らには感謝だ。
 そんな生活が、二ヶ月半くらいした頃だった。三ヶ月は経ってなかったから、それくらいだと思う。
 私は、王室に招かれた。
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