私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
* * *
日が暮れかかる頃、私は、すっかり狼狽していた。
安慈王子と別れてから、かれこれ一時間。
私はずっと、本殿の中をさ迷い歩いていた。
「もう! なんで誰も通らないの!?」
嘆きながら、俯くと、ぐううっと、お腹が鳴った。
「ううっ、お腹減った。そう言えば、私なにも食べてない」
はあ……と、大きくため息をつきながら、情けない気持ちで顔を上げると、そこはちょうど窓だった。
何気なく視線を落とすと、中庭が見えた。
「へえ。中庭なんてあるんだ」
窓にへばりついたとき、見知った顔を見つけた。
「アニキ!」
やった! これで帰れる!
私は思いっきり窓を押した。けど、びくともしない。
「ちょ、これ、開かないじゃん!」
(なんだ。喜んだのもつかの間だよ……)
再び落胆して、歩き出そうとした時だった。
アニキの許に、駆けてくる人影が見える。
その人は、無邪気に笑い、人懐っこそうにアニキに抱きついた。
「皇王子?」
意外な人物の意外な行動に目を見開く。
しっかりとした印象のある王子は、アニキの前ではただの子供みたい。
アニキは、すごく優しい顔をして、皇王子の頭を撫でた。
その瞳には、見覚えがあった。
私に向けられる、あの目だ。
二人は楽しそうに何かを話しているようだった。
その二人の背後、離れた場所から人影が見えた。
銀色の着物を羽織った、真っ直ぐな髪の毛の女性だ。
その人物がどちらかに声をかけたのだろうか。
二人は振り返って、二、三、その人物と会話を応酬したみたいだった。
その時の、二人の様子は、明らかにさっきまでとは違ってた。
皇王子は子供ではなく、毅然とした王子に変わり、アニキには、先程の柔らかさがなく、ボディガードのような鋭さが窺えた。
やがて会話の中で何かがあったのか、皇王子とアニキは、その人物の許に駆けていった。
(なんか、見ちゃいけないものを見たような気がする)
アニキが向けるあの目は、私ではなく皇王子を見る目だったのかな。
全然似てないけど、アニキからしたら、私と皇王子に通じるものがあったんだろうか。
あの二人には、主従関係の他になにかあるみたい。
「……なんか、微笑ましいじゃん」
私は強がって無理に笑った。
これを、嫉妬心だと認めたくなかった。