私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

 * * *


 私達が向ったのは、花街だった。
 この街だけが夜の闇から逃れたように、煌々としていた。
 花街には朱色の門があり、その前には番兵がいた。
 まるでドラマで見た遊郭そのものだ。
 
 ただ、見世物のように女性が座っていたりすることはなかった。
 何人もの客引きの男が、お店のアピールをしながら道行く人に声をかけている。意外だったのは、女性の客引きがいなかったことだ。
 というよりは、女性は一人も道を歩いていない。
 たまにちらほらと、建物の二階から、艶やかな女性が下を見下ろしているくらいで、花街というわりには、道に女の影は一つも見当たらなかった。

 月鵬さんは迷うことなくひとつの建物に入った。馴染みの店なのかも知れない。もちろん、アニキの。
 私は緊張しながら、月鵬さんに続いてその建物に入った。
「いらっしゃいませ」
 時代劇でよく見る番頭の座っている位置に、中年女性が座っていた。
 女性はにこりと笑んで挨拶をするけど、私達が女だとわかったのか、怪訝な表情を浮かべた。

「ごぶさたね」
 月鵬さんが素っ気無く言って、フードを取ると、中年女性は驚いて、
「あら、月鵬様でしたか。これはこれは、いつも将軍に贔屓にしていただいて」
「……お知り合いなんですか?」
 思わず尋ねると、月鵬さんは微苦笑した。
「この店はカシラ――花野井様の馴染みの店のひとつでね。昔は政務があってもきたりしてて、私がしょっちゅう呼び戻しに来てたのよ」
「はい。そうでしたねぇ。最近はめっきり減りましたけど、ちゃんとお仕事はなさっておられるので?」
 女性がおかしそうに微笑むと、月鵬さんは苦笑した。

「仕事はきちんと切り上げてから、花街だか居酒屋だか通うようになってくれてね。やっと私が呼び戻さなくても、大丈夫になったのよ」
 若干皮肉るように言って、月鵬さんは何かに気づいたように、はっとして、私に振り返った。
「そういえば、ゆりちゃんと帰国してからかしらね」
「え? そうなんですか」
「多分ね。夕飯は一緒に食べてるんだっけ?」
「はい。仕事で遅くなるときと、部下の方と飲みに行かれるとき意外は」
「はあ……めっずらしい!」
 月鵬さんが感嘆といった感じでため息を漏らすと、中年女性が遠慮深げに会話に入ってきた。

「将軍、花野井様を探しておられるのですよね?」
「ええ。そうよ」
「残念ながら、うちには今夜はいらしておりません」
「そうなの」
 女性が深々と頭を下げると、月鵬さんは残念そうに呟いた。
「じゃあ、次行くわよ。ゆりちゃん」
「はい」
 月鵬さんと私は店を出たあと、花街も出た。

「てっきり他の店も探すのかと思いました」
「元々ここは可能性が低かったの。あの店にいないんじゃ、ここの花街にはいないでしょうね。別の花街を回って、いなかったら居酒屋に行きましょう」
「え? 花街ってここだけじゃないんですか?」
「附都には、三つの花街があるのよ。ひとつはここ。城から一番近いところね。もう一つは、街の北門のそばにあるの。もう一つは東門のそばだけど、そこは関係ないわね」
「どうしてですか?」
 同じ花街じゃないのかな?
「東門の花街は、同性愛者の花街なのよ。あとは、そうね――」
 月鵬さんは、言い辛そうに顔を曇らせる。
 そして、
「その、まあ、そんなとこ」
 と、無理矢理話を終わらせた。
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