私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
* * *
花代の線香が尽きて、花野井が宴の部屋に戻ると、そこはもうもぬけの空だった。
「やっと起きたんですね」
嫌味が背中から飛んできて、花野井は振向いた。
「気配消して後ろに立つなよ。びっくりするだろ」
軽く言って腕を組んだ。
「また、そんなことを。気づいていたくせに」
不機嫌に眉を顰める月鵬は、呆れたように言って、花野井を押しのけて部屋の中へ入っていた。
花野井はそれに続いて、部屋の中へ足を踏み入れた。
「他の奴らは?」
「帰しましたよ。お届け物があったんで」
月鵬はそっけなく言って、部屋の奥へと突き進む。
襖を開けると、その先には暗い部屋があった。
月鵬はすまし顔で花野井を見て、入室するように促した。
奥座敷にカンテラで火を灯した月鵬は、真剣な顔つきで切り出した。
「鑑定結果が出ましたよ。確かに、カシラの予想通りに、封魔書は、偽者でした」
「そうか」
やはりなという風に、花野井は頷いた。
「古く見せかけてはいますが、紙は新しいものでした。それに、これが書かれたとされる年代には、共通言語は存在していません」
「わざとだと思うか? それとも、厄歩も騙されたか?」
「騙されたのだったら、魔王復活の呪文を知っているというのは、どうも道理が通らない気がしますが」
「だよなぁ」
花野井は大きく息をついて、腕を頭の上で組んだ。
「風間の独断かねぇ」
「そうだったら良いなという先入観は、止めて下さいよ」
花野井の独り言に、月鵬は厳しい声音で応えた。
はいはい、と、花野井は軽く頷いて、腕を解く。
「カシラは何故怪しいと思われたのですか?」
「ああ……山賊時代に何回かあの時代の宝を見たことあったろ。ほら、俺の転移できる金貨もそうだし」
言って、花野井は袖をふる。
月鵬は小さく頷いた。
「なぁんかな。違う気がしたんだよなあ」
「……結局勘ですか」
「だな!」
呆れたようすの月鵬に、花野井は無邪気に笑いかけた。
月鵬はため息をつきながら、
「あのねぇ。あなたの勘で、私は結と一戦やり合ったんですからね! それで倭和の屋敷では逃げ遅れそうになるし、入国証だって失くすし! 私が美章でどんだけ大変だったか!」
「悪りぃ、悪りぃ」
「今回が当たりだったから良いですけど、謹んで下さいよ!」
そう怒鳴るものの、月鵬は花野井の勘の鋭さを承知していた。
今回もなんとなく、正解なのだろうとは思っていたがカシラを戒めるのも、彼女の仕事のひとつだ。
「美章にも、ちゃんと結果報告送っておけよ」
「送るんですかぁ?」
不満そうな月鵬に、花野井は意地悪そうに笑いかけた。
「お前が、黒田にバレたのが悪い」
「……」
月鵬はその端正な顔を、悔しさいっぱいに歪め、チッと舌打ちをした。
不意に、花野井の表情が曇る。
「なあ、月鵬」
「なんですか?」
「今日って、ここに、嬢ちゃんきてたりするか?」
「ええ。一緒に来ましたよ」
花野井は一瞬驚いて、眉を顰めた。
月鵬はその表情の変化には気づかず、すっと立ち上がる。
「では、私は報告書を書きに戻ります」
「ああ」
花野井は腕を組んで月鵬を見送ると、ごろんとその場に寝転んだ。
「……ヤッベ」