私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

「お花代があるさかい。線香消えるまでは入られしまへんよ」
「ああ、そうだった」

 月鵬さんは呟いて、そのまま座りなおした。

「お花代って?」
「床につく場合はね、お花代って言って、別料金が発生するのよ。線香をつけて、その時間を計る部屋があって、そこで時間を計ってる従業員が、終わった部屋から順に呼びに来るのよ。それまでは、誰も立ち入っちゃいけない決まりなの」

「そうなんですか?」
「そうよ」

 月鵬さんは軽く頷いた。

(うわあ……私、立ち入っちゃったんだけど……大丈夫かな?)

 思い出した途端、ぼっと頬に火が上がるのを感じた。思わず頬を押さえる。心臓が苦しい。

「あの、月鵬さん」
「なに?」

 私はごくりとのどを鳴らして、ドキドキする胸を手のひらで押さえつけた。

「あの、アニキって、アニキの酒癖って、キス魔とかそういうことなんでしょうか?」
「え?」

 月鵬さんだけでなく、鉄次さんもお姉さんも驚いた様子で顔を見合わせた。

「ああ。もしかして、女癖の悪さと酒癖の悪さを知る事になるわよって言った、あれ?」
「はい」

「うんとね。私が言った酒癖の悪さっていうのは、年がら年中飲んでるって意味なのよ」
「けんちゃんは、特に酒癖が悪いって事はないわよねぇ」
「花野井様は、お酒強いよってなぁ」

「肩組んで歌うくらいはあるけど、泣いたり笑いすぎたり、暴れたり、キスしてまわるなんてことは、まあ、まずないわね」

「で? なんでゆりちゃんそんな風に思ったわけ?」

 鉄次さんが、にやりといやらしく笑うので、私は慌てて、

「いえ、なんとなく、そう思って!」
「ゆりちゃんもそういうお年頃なのね!」

 鉄次さんはうふふと笑って、お姉さんと微笑み合った。
 勘違いしてくれたみたいで良かった。
 一瞬、バレたのかと思った。

 いや、バレても別に、私に後ろめたいことはいっさいないけど! どうせ、アニキは、起きたらすっかり忘れてんだろうなぁ……。夢だと思ってたみたいだし!

 私はなんだか、哀しいような、ほっとするような、納得のいかない思いで、廊下へと続く障子を見つめた。
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