私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
第十一章・暗部

 あれから数週間。
 私は、なるべくアニキと鈴音さんと、顔を合わすのを避けるようにしていた。
 気持ちの整理が出来るまで、少し距離をおきたかったんだ。
 アニキは、そんな私に寂しげな視線を送り、鈴音さんは怪訝そうにしていたけど、二人とも私の様子を察してか、無理に話しかけてくることはなかった。

 鉄次さんや月鵬さんに相談というか、この想いを話してスッキリしたかったんだけど、彩さんが屋敷を出た日から、二人はこの屋敷に現れなかった。
 どうやら亮さんもいないようで、私は街にも降りられず、悶々とした数週間を過ごした。
 そんな私の気晴らしは、本殿に出向いて王子達と話すことになっていた。

 本当は軽々と出向いたりしちゃいけないみたいだけど、どうやら王か皇王子か、はたまたアニキなのかは分からないけど、私が入ってもいいようにしてくれているみたいで、番兵には顔パスで通っていた。

 本殿では、皇王子の他に、葎王子とも話をした。
 葎王子の話はやっぱりドラゴンの話で、私はそれ目当てに葎王子との会話を楽しんだ。
 でも、葎王子は相変わらず城を抜け出して、研究所に通っているので、週に一回偶然会えれば良い方だったけど。
 幸いなことに志翔さんに会うことはなかった。
 葎王子の部屋を訪ねるときは、志翔さんがいるんじゃないかと毎回ビクビクする。

 でも、志翔さんはどうやら安慈王子のお世話もしているようで、元々忙しく動き回っている人みたいだ。
 安慈王子とは、廊下で一回すれ違っただけだった。
 立ち話でも、と思ったんだけど、スルーされてしまった。

 皇王子は、相変わらず真面目で慎重で、色んなことに迷うみたいだけど、話していくことで、自分の考えや、目標を固めていけるみたいで、序所に顔つきが凛々しくなって行くのが分かった。
 話が終わるたびに、自分の考えが纏められた、ありがとうとお礼を言われるけど、私がしていることなんて、話しをうんうんと聞いているだけで、皇王子の話の半分も理解出来ていない。
 だって、難しいことばっかりなんだもん。
 話が終わるたびに、すごいなぁと感心させられてしまう。
 
 壁王は、本殿に行く度に気になってはいた。
 あの骨と皮だけの手と、必死な瞳が思い出される。
 だけど、私は嘘をついたという罪悪感もあって、王室の扉を叩くことが出来なかった。行ったとしても、入れてもらえるかは分からないけど……。

 失恋した今となっては、帰りたい気持ちもいっそう強くなってる。けど、どうやったら帰れるのか、いまだに分からない。
 だけど、せめて碧王が生きている内はこの世界にいよう。だって、このまま私が帰ったら、碧王は裏切られた想いと、無念で、すごく傷つくと思うから。
 
 でも、このまま兵器として利用されるのは嫌だ。
 アニキに直接は聞けないでいるけど、やっぱり、アニキも『それ』に賛成なんだろうなぁ……。
 だから私を岐附に連れてきたんだろうし。
 
 改めてそう考えると、悲しみに押しつぶされる。
 だけど、アニキも碧王も、皇王子も、嫌いにはなれなかった。
 壁王も皇王子も、自分の国や子供や民を、守りたいだけなんだから。その気持ちが悪であるわけがないんだから。
 でも、こっちとしては、やっぱり納得がいかないというか、哀しみや切なさが込み上げてきちゃうわけで……。

 いっそアニキを憎んだり恨んだり出来たらよかった。恋人がいると分かった今でも、それが本気の恋だと分かった今でも、嫌いになれない。
 利用されているのだとしても、憎むことなんて出来ない。
 人を好きになるって、厄介だ。
 今でも好きだという気持ちが消せないでいる。
 
 私は本殿からの帰り道、坂を下りながら大きくため息をついた。
 アニキの顔が浮かんでは、キュンと胸が締め付けられ、鈴音さんが浮かんで急速に落下する。
(別れれば良いのに)
 ふと邪悪な考えが浮かんで、激しく首を横に振る。

 ちゃんとお幸せにって思ってるはずなのに、こんな考えが浮かぶなんて……。私、すごい嫌な子だ。
 割り切れない想いが心の底で渦巻いてる。
(いっそ告白してバッサリ振られてこようか?)
 その方が随分楽な気がする。
 でも、一緒の家にいるんだもん。振られた後に毎日顔を合わすのは、辛すぎる。
 私はアニキの屋敷の前で、またまた大きくため息をついた。
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