私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

 * * *

(うん十年前の君は誰なんだろう?)

 私はベッドに横たわりながら、そんなことを考えた。
 鉄次さんには訊けなかった。
 なんとなく、訊いてはいけないという雰囲気が流れていたから。

 その人はいったい誰で、アニキはその人のこと、今でも好きなのかな? 答えの出ない自問自答を繰り返し、私は鬱々とした夜を過ごした。

 翌日の昼に、約束通り月鵬さんがやってきた。だけど、たわいのない話に切り替えた。私のアニキへの想いも言わないでおいた。

 なんとなく、アニキの想い人を知るのが怖かった。
 また、嫉妬の波に攫われるのも嫌だったし、恋バナをしたい気分でもなかった。

 知りたいという気持ちと、知りたくないという気持ちが葛藤している。
それに、知ったところで失恋するのは目に見えているし、まだすっかり諦めてしまいたくなかった。

 月鵬さんは、なんとなく私を窺うような視線を何度か送って来たような気がしたけど、私が視線を感じて見返すと、ぱっと目線を逸らして、どことなく気まずそうな気配を出した。
 変だなぁと思ってたけど、私はその訳を聞かなかった。勘違いかも知れないし。

 その夜のことだった。
 
 私はベッドに横になって、屋敷にあった巻物を開いていた。
 その巻物は月鵬さんを玄関まで見送った後、何気なくに応接間を覗いたら、本棚の中に一つだけぽつんと置かれていた。
 応接間を出たところでメイドさんが通ったので訊ねてみると、それは月鵬さんが随分前に置いて行った物だと分かった。

 月鵬さんは、処分しようと思っていたらしいけど、置き忘れたので、アニキにたまには本でも読めとそのまま置いていくことにしたんだとか。
 ただ、アニキは読まずに、そのまま放置しているらしい。ということならば、私が読んでも構わないはずと、私はその巻物を部屋に持ち帰った。

 この世界にも小説があるなんて驚き。
 元の世界でもあんまり読まなかったけど、暇つぶしにはちょうど良いもんね。
 月鵬さんが了承してくれたら、他の巻物も借りてみようかな。
 そう思いながら、私は巻物を読み出した。

 その小説は、恋愛小説だった。
 小説の内容は、ロミオとジュリエットのような話だったけど、ロミオとジュリエットと違って悲恋で終わらなかった。
 ハッピーエンドな結末に、ほろりと涙を流して、満足感で巻物から目を離すと、夜がすっかり更けていることに気づいた。
 いつの間にか、深夜二時過ぎになっていた。

「うわ~。もうこんな時間。さっさと寝よ」

 私はカンテラに灯を灯して、部屋の四方にあるランプの明かりを消しに行った。
 最後の一つを吹き消したとき、ドアの方から小さく戸が閉まるような音が聞こえた気がした。カンテラの灯をかざしてみるけど、そこには誰もいない。
 頼りない光に照らされた薄暗いドアがあるだけだ。

(気のせいか)

 私は安堵して、ベッドへと向った。
 
 枕元の台にカンテラを置いて、吹き消そうとガラスを開けた時、背後に気配を感じた。
 ギクリとしながら振り返ると、そこには何の影もない。
 ただの空間があるだけだ。

「急に臆病風に吹かれたりして、どうしたんだろ?」

 私は自嘲して、カンテラの灯を吹き消した。
 急いでベッドに潜り込む。
 暖かい駆け布団に包まり、目を瞑る。
 だけど、私の心には一向に安心感がやってこなかった。
 なんだか、さっきから不安感が消えない。
 誰かがいるような気がする。
 そんなはずはないのに。
 私は、意を決して布団から出た。
 カンテラにもう一度灯を灯し、誰もいないことを確かめたかった。カンテラを手探りで探しあて、その隣に置いてある火吹竜の籠に手をかけた瞬間、

「きゃあ!」

 私は後ろから首と手首を掴まれ、引き倒された。
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