私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
「約束通り、助けてあげるわ。最初からアンタは殺さない約束なの。アンタは、遠くの花街にでも売っぱらってあげる。同じ女の情けで、東みたいなとこには売らないでおいてあげるからさ。ゆ~りちゃん!」
高笑いを上げる鈴音さんは、酷く醜悪な存在に思えた。
私は絶望し、思考が止まり、涙すらも流れなかった。
「で、誰との約束だ?」
絶望に埋め尽くされた頭に、低声な声が響いた。
ドスの利いた声音だった。
うつ伏せのまま、顔だけを上げる。
ゆらりと人影が立ち上がったのが見てとれた。
『アニキ!』
アニキは首に手を当てて、出血している首を強く拭った。
唖然としてしまった。私だけでなく、鈴音さんも目を見開いた。
アニキの傷が、塞がりかけていた。
まだ薄っすらと出血をしているものの、深く切ったはずの傷が修復されている。
「ち、近づくな!」
切迫した声を上げる鈴音さんに、アニキは、
「お前の真意が分かったわ」
軽蔑するように言って、嘲笑の笑みをこぼした。
「わりぃな、俺、お前殺すわ」
冷たく発せられたと同時に、アニキは体勢を低くして駆け出した。
鈴音さんの焦燥が伝わり、私を持ち上げようと屈んだその時、鈴音さんの眼の前に、私の眼前に、アニキが立っていた。
『速い』
私は思わず呟いていた。
その呟きよりも速く、アニキは鈴音さんの腕を掴んでいた。
鈴音さんが片腕を持ち上がげられて、宙刷りにされた。
「くっ!」
屈辱に顔を歪める鈴音さんの体が放電の光を放ちかけた。その時、
「キャアア!」
甲高い悲鳴が上がる。
骨が砕ける音が響いて、鈴音さんの左腕がひしゃげた。
砕けた骨が、血管を突き破り、鮮血が噴出した。
私の顔に、ぽたぽたと血が滴り落ちる。
すかさず、アニキの左腕が鈴音さんの首を掴んだ。
「残念だな……お前、イイ女だったのに」
(――や、やめて……)
人が死ぬところなんて、アニキが誰かを殺すところなんて、見たくない!
「せめてもの情けだ。楽に死なせてやるからよ」
アニキは冷たく、でも哀しげに呟いて、腕に力を込めた。
私は強く目を閉じた。