私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~
* * *
昨夜丹菜と千時が呼び出された時、ろくは丹菜に向って言い放った。
「森の中腹に、二千平方メートルくらいの穴を掘れ」
「……は?」
丹菜だけでなく、その場にいる誰もが唖然とした。
そんな範囲に穴を掘るなど、正気とは思えない。しかも、森には当然木が生えている。それを倒しながら掘らなければならない。
「あの……お言葉ですが――」
「夜が明ける前に終わらせて。出来るね?」
「えっ、あの……」
瞥鈴(べつすず)が抗議の声を上げようとしたが、ろくは黙殺した。
威圧を含ませて問うろくに、丹菜は戸惑った。
その様子に、ろくは若干声を苛つかせた。
「出来るでしょ?」
「あ、はいっ……かしこまりました」
正直に言って、丹菜はそんな事が出来る自信はなかった。
丹菜は、地面を操る力を持ってはいたが、そんなに広範囲に能力を使った事がなかった。
何回かに分けてやるにしても、一体どれくらいかかるのだろうか……。
丹菜は、憂鬱に顔を歪ませた。
「木の除去は瞥鈴小関と一緒にやってもらう」
「へ?」
「瞥鈴小関は念力能力持ってるでしょ?」
「持っては……おりますが……」
優しげな男の目が戸惑いと嫌悪で滲む。
こんな夜分に冗談ではない。
しかも明日も戦があるというのに。
「安心して。他にも能力者をまわすから。それに、明日は空軍はそこまで出番はないから。なんなら明日は、空軍の乎関(こせき)を引き上げて指揮をとらせ、キミは休んでいてもらっても構わないよ」
瞥鈴は慌てた。
それこそ冗談ではない。
乎関に手柄を取られて、降格なんて事になっては、それこそコトだ。
彼は貴族出身ではない。後ろ盾もコネもない。
手柄こそが、彼の武器だ。
「いえ、とんでもございません。明日も、そしてこの作業も全力でやらせて頂きます!」
瞥鈴はそう答えるしかなかった。ろくは、満足気に笑んで千時を見る。
「それと、千時にはサイレントの能力で、作業音を消してもらう。良いね?」
「はっ! かしこまりました」
千時は好い返事を返した。
内心においても、千時においては好感触であった。
千時は物音や気配を殺す能力がある。
彼は丹菜と同じく、戦場にはまだ三回しか立った事がなかった。いずれも、歩兵隊だ。
その能力を正しい分野に回されなかったことに、彼は内実憤慨していた。斥候こそが己の輝く道だと自負していたからだ。だからか、この機会に自分の希望する隊に配属されるかもしれないという期待があった。
良い指揮官じゃないか……と、この時までは彼はそう思っていた。
しかし、総指揮官殿はとんでもない事を口にした。
奇襲作戦の説明をし始めたろくに、掘った穴にもう一度土で蓋をするとして、どうやって味方が落ちないようにするんだ? と翼から質問が上がった。
そして、ろくは丹菜に向ってこう言い放った。
「自軍と敵軍の重さは遥かに違う。それで、功歩軍が通った時に落ちるように計算して蓋をしてよ」
「そ、そんなの無理です!」
丹菜が悲鳴を上げると、ろくは薄く笑った。
「じゃあ、功歩軍が中腹に来るまで、踏ん張るしかないね?」
「……」
丹菜は絶句した。
つまりは、大群が地面を揺らす中、地面が崩れないように能力で〝支えろ〟と言うのだ。
そんなもの、無理に決まっている。
下手をすると、能力の使いすぎで脳の血管が破れて死んでしまう。
「そんなの無茶だ! 丹菜が死ぬぞ!」
思わず千時は叫んでいた。言葉遣いなど、気にしている暇はない。
「じゃあ、出来なければ……ぼくが丹菜の家族を殺すよ」
「は?」
丹菜は、すっとんきょうな声を出した。
何を言ったのか、理解が出来ない。
皆も絶句して黙り込む。
「キミの家族は、この先の町、初結に住んでいるね?」
「……はい」
「キミがこの作戦を成功できない時は、功歩軍が初結を陵辱するということだ。そうなれば、キミの妹はどうなると思う?」
「それは……」
「確実に、強姦されて殺されるね。それも、惨たらしく。そんな目に遭わせたくないだろ? だから、その前にぼくがキミの家族を殺してあげるよ。苦しまないように」
功歩軍にも、侵略した町に悪さをしない隊もいた。
ろくはその事を知ってはいたが、あえてそう言った。
丹菜は、目をぱちくりとさせた。
頭では彼が何を言ったのか、言葉自体は理解は出来たが、意味がまるで理解出来なかった。――もしや、これは、脅しか?
「……脅しか?」
またもや、丹菜の代わりに千時が呟いた。
怒りがにじみ出ている。
「脅しととってくれても構わないけど、ぼくは事実を言ってるつもりだよ。能力を使いすぎれば、キミは死ぬかもしれない。でもね、家族は確実に助かる。キミが失敗すれば、初結に住む者は地獄を見る。そういう事実を言っている」
あくまでも冷静に言って、ろくは丹菜を見据えた。
「キミは遊びで軍人になったの? 自分の武勇を誇るためになったの? なんのためでも良いけど、死ぬ覚悟はして入隊したんだよね?」
その問いに、丹菜を始め、その場にいた誰もがはっとした。
戦場にいる限り、死なない保障はどこにもないのだ。
それに、この国の軍人は徴兵されるわけではない。自ら志願して軍人となるのだ。
お前は一体、どんな覚悟で入隊したのだ――そう問われて、丹菜の目付きが変わった。
「やります」
丹菜は一言そう呟いた。
丹菜と千時と瞥鈴は天幕を出て、すぐに森へと喰鳥竜を駆けた。
「……大丈夫っすかねぇ……丹菜は?」
翼はちらりとろくを見て、問うた。
その問いには、様々な意味が含まれていた。
その意味を察したうえで、ろくは答えた。
「大丈夫じゃない?」
「なぜ?」
「……目が変わったから」
「深く訊いても?」
「……ダメ。メンドい」
ろくはそう言って、静かに目を閉じた。
翼はそれ以上は何も訊かなかった。
翼は翼で、ろくの言いたい事がなんとなく解った気がしていた。
死にたくない。生き抜いてやる。そういう気概は大事だ。
死ぬ事を覚悟して、敵陣に突っ込むよりも、時に力を発揮する。
だが、どちらにしても覚悟が必要だ。
ろくにしても、翼にしても、誰にしても、本音を言えば殺されたくなどない。
どんなに勇猛な戦士でも、殺される間際には懇願したくなる者もいるし、殺される間際に〝見栄〟をはれる者も稀有だろう。
だが、事前に覚悟を頭の隅においておけば、それも少しはマシになる。
それが大切な誰かのためならばこそ、発揮できるものもあるものだ。
ろくは、丹菜の家族を盾に丹菜に覚悟を決めさせた。
結果的に、丹菜は死ぬかもしれないが、その覚悟をさせた。
人道に反する――なんて、博愛主義者が聞いたら声高に叫ぶだろう。
誰かのためにと叫んで、殺される道を歩ませているのだと――。
だが、翼は思う。
そんなものは、世界が平和であるときに叫ばれる言葉であって、侵略されている国の民が声高に叫ぶものではない。
翼だって、戦争が好きなわけではない。
失くしたいと思っている。
だが、侵略してくる限り、戦わざるを得ない。
戦争をなくすためには、徹底的にどちらかを廃するか、政治家がきちんと仕事をするべき事なのだ。
戦わざるを得ないのなら、覚悟を決めさせなければならない。
王のためだと虚言を吐いたり、神のためだと、神を利用したり、家族を守れと奮起させたりしなければならない。
それが、上層に立つものの仕事の一つなのだと、翼は理解していた。
翼は、ろくを見つめる。
自分ですら、そのことに気づいたのは、関の地位に就いてからだった。
その重荷に耐えかねているところであると言うのに、この少年はこの年で解し、責務を負うのか……。
本人は、気がついていなかったが、翼が、年の離れたろくに尊敬の念を抱いたのは、この時であった。
そこへ、空が斥候隊の情報を持って帰ってきた。
ろくは数人の能力者を連れて、斥候隊を包囲。
十数人の斥候を全滅させた。
「これから、どうするおつもりで?」
訊ねた空に、ろくは不適に笑んだ。
「毒をばら撒いてくる」
ろくは誰も供につけず、功歩軍の斥候の鎧を拝借し、単騎で功歩軍へと渡った。
そして、青蹴に嘘の混じった情報を流したのである。
まさしく、功歩軍にとっての〝毒〟である。
自分の容姿を利用するやり方に、ろくは皮肉を感じざるを得なかったが、これでより多くの功歩人を葬れるのならば、何でも利用する。
ろくの心はいまだに功歩への憎悪に囚われたままだ。